「なのに…2人とも『翔くん』が大好きなんだ?(笑)」
「うん!だいすき!」
潤の明るい声が響く。
「ま、彼なりにいっしょーけんめーやってくれてますから?そーゆードリョクはくんであげてます。」
「あはは、和くんは難しい言葉たくさん知ってるねぇ。」
「和はねー翔くんみたいになりたくてたくさんおべんきょうを…」
「バカ潤、ないしょだっつったろ!!てゆーか潤こそ!すきなひとは翔ちゃんのくせに!」
「わ~~~~!!!絶対ないしょって言ったじゃん!!!今は別にちがうしっ!む、ムカシのことだし!和のばかばかばかばか!!!」
「んふふふ、潤くんも和くんも、すーっごい大好きなんだね!」
「「…うん!ナイショね!」」
何だ、それ。
毎日俺の事馬鹿にするくせに。
そんなん、聞いてねーよ。
俺みたいになりたい?
つーか、初恋?
俺男だぞ?
何バカなこと言ってんだよ。
いや、去年「翔くんはだれにもあげないよ」とか言ってたけど。
あれそういう意味だったのか。
そんで、何を見知らぬ奴にペラペラ本音ぶちまけてくれてんだよ。
言えよ。
俺に。
何なんだよお前ら。
…分かりにくいんだよっ!!
「じゃぁ、簡単だよ。」
家主の声が優しく響く。
「その…『翔くん』に、一緒にいたいって言えばいいんだよ。」
「…メイワクじゃないかな?そんなこと言って…」
「翔ちゃん、あそびにも行けないし朝もへたくそなおべんとー作ってたいへんそうだし…」
「何するのも、翔くん、いっぱいいっぱいってかんじなんだもん…。」
「ヨユーないよね…」
「ね…」
…はい。
さーせん。
その通りです。
5歳児にこんな気を遣われる俺って一体…。
「大好きなら、まずは自分の気持ち伝えよう?相手がどうとか、そんな難しいことは考えずに。それから考えればいいじゃん。『翔くん』と一緒に、ね!」
大好きなら、まずは自分の気持ちを…。
そうだ…俺は
俺の本当の気持ち、ちゃんと言ってなかった
アイツらの本当の気持ち、ちゃんと聞いてなかった……。
「翔ちゃん、どっか いたい?ハンカチいる?」
雅紀がオロオロとハンカチを差し出す。
子ども達のハンカチなんて気が回らず、何日も入っていたであろうぐちゃぐちゃなやつ。
雅紀のお気に入りの不気味な唐揚げキャラクターのハンカチは、皺だらけでゴワゴワで涙を拭うには到底向いていない。
いや、それどころか若干泥がついていて手すら拭くのも微妙だ。
そんなことにも気付けない。
俺は保護者としては失格だ。
だけど…。
「ふっ…ははっ、ふはははは…っ」
「翔ちゃん…だ、だいじょーぶ…?何で泣きながら笑ってんの?!キモいよ!」
「…馬鹿だなって思って。俺はとんだ大馬鹿野郎だよ!ったく!!くははは…!」
「ちょ…翔ちゃん~!!?怖い~っ!!」
雅紀の叫びに、えっ?!と言う声と共にバタバタと足音が聞こえ、ガチャリとドアが開く。
漏れる部屋からの光を背に、先程散々探し回った2人の顔が現れる。
「しょ…翔ちゃん、雅紀…?!」
「何でここに…って、」
「「コワっ!!!」」
そらそーだ。
大の大人が涙を流しながら笑ってるんだから。
「…和、潤。誤解させて悪かった。俺…仕事終わんの遅いし、弁当も上手く作れねーし、料理も掃除も洗濯も苦手なんだよ。
だからお前らに嫌な思いさせる位なら、って。そう思って施設のことを提案しただけなんだ。俺が嫌とかそんなんじゃない。」
和と潤が驚いて顔を見合わせる。
その場でしゃがみ、2人に目線を合わせる。
「俺、お前らのかーちゃんが帰ってくるまで、親代わり…しても良いか?迷惑かけると思うけど…お前らと、一緒に居たいんだ。もう少し、頑張ってみたい。」
2人はじわりと涙を滲ませる。
しかしボロリと涙を落としたのは、潤だけ。
「いいの?ボクらがいてジャマになんない…?きらいじゃない…?」
「嫌いなわけあるか!お前らはクソ生意気でうるさくて鬱陶しいけど、可愛くて堪らない愛する甥っ子達なんだから!!」
潤がわっと駆け寄ってきて、俺にしがみつく。
よろけたけど、何とかキャッチする。
「…そんだけ言うなら、いてあげてもいーですよ?」
ぷいとそっぽを向く和も、よく見りゃ耳が真っ赤でおかしくって。
「ん。和も…おいで?」
片手で潤を抱いて、もう片手を広げて促すと…おずおずと歩み寄って俺の腕の中に収まる天邪鬼の5歳児。
「翔ちゃん!和!!潤!!!よかったねえ~~~兄ちゃん心配したよ~~っ!!!」
「っ、ぶね!」
雅紀も俺の背中から飛び付いた。
ああ、もう!
最初からこうしてりゃ良かった!
上手く出来ねぇけど一緒にいたいって。
そんな簡単で一番大切なことを言えなかった。
涙は零れるけど、拭う手はコイツらに使ってしまっている。
けど、今はそれでもいいかな、なんて。
プライドとか人目なんてさ、もういいよ。
コイツらのが断然大事だよ。
だからさ、姉貴。
やっぱ、安心してムショ生活楽しめよ。
俺は、保護者には絶望的に向いてない。
だけど
きっとお互いマジでっかい愛情は持ってる。
それだけじゃどうにもならないことは多いけど
一番大切なのって、多分それだ。
俺がこいつらを…しっかり面倒見てやるから!!
ぐううぅぅ~っ…
感動的な場面を間抜けに引き裂いたのは、腹の音。
…俺と雅紀の。
「翔ちゃん…おなかすいた…」
「あ、わり…弁当また買わなきゃ…」
言いかけたところで、視界に影が出来る。
見上げると…中性的な青年が俺の前に立っていて、例の家主だとやっと気付く。
…女、じゃないよな?
ってくらい、綺麗な顔。
あんま周りにいないタイプかも。
「良かったら、食べてきますか?残り物ですけど、今日は作り置きしようと思ってたくさん作ってたんです。」
「えー!いーの?!俺腹ぺこなのー!」
「コラ雅紀!いえ、もう…」
ふにゃりと柔らかく笑う青年に、これ以上迷惑をかける訳には…と断ろうとすると、
「ぐぅぅぅぅ………。」
腹の音が再度、主張激しめに返事をする。
そう、さっきからすげーいい匂いがしてたんだ。
「んふふ、どーぞ。」
男は右手を部屋へと差し向ける。
れ、礼もまともに言ってないのに…恥ずかしい。
しかもどう見ても歳下だし。
「お口に合うかどうかは別ですけど。」
「「カレーだよ!めっちゃおいしいの!」」
和と潤が満面の笑みでハモり、雅紀の手を引く。
「やったー!カレー大好きー!」
「げえっ?!こいつら保護して頂いた上飯まで頂いてたんですか…?すみません!!こんな小さい子ども2人も…大変なご迷惑を」
「いえいえ。おいらチャイルドマインダーの資格とったばっかだし、楽しかったですよ。」
「チャイルドマインダー…?」
「子どものお世話するのに知っておきたい最低限の知識です。」
「へえ…俺、そんな資格があることすら知らなかった。俺子どものこと全然わかんねーし元々そんな好きじゃないからな…」
そうなんですか?とクスクス笑う男は、さらりと髪をなびかせる。
「おいらは…大好きなんです。」
ドキンッ。
………ん?
どきんっ?
何が???
そんなこと話してる間に奴らは既に家の中に入ってしまった。
「いただきまーす!」と雅紀の声が聞こえてくる。
「「智、翔ちゃん(くん)、はやくー!」」
「智?さとちゃんだ!さとちゃーん!」
「んふふ、はいはーい(笑)」
さと…って、名前呼び捨てかよ!?
「どあーっすみません!あいつら…!」
「ふふ。可愛くて癒されてました!…あ、おいら、大野智です。」
「あ、俺は…櫻井翔です。」
差し出された右手を握り返す。
スラリと細く長い指は、やっぱり女みたいで。
何故だが、血の奥の奥の方がざわりとした。