「えっ、何で?」
「…予定外の自殺をしようとした奴の調査だってよ。」
監査官──カラスがどこか吹っ切れたような笑顔で僕の背中を押す。
ここ…2日かな?すごく元気がなくて。
何かぼーっと考えてるみたいだったから心配してたんだけど。
昨日、思い詰めた顔で『消滅する危険を冒してまで前世の夢を叶えたいと思うか』とか訳わかんないこと聞いてきてたし。
僕達死神に夢なんてものも前世とかいう曖昧なものも当然なくて…そんなのがあるなら勿論叶えたい。
迷いなくそちらを選んだら、例え叶わず消滅してもか?って聞かれて。
叶わずいつか消滅する位なら、チャレンジする価値あると思うけどって言ったら、『そうだよな、うんうん…!』ってキラキラした目でどっか飛んでって…
ほんと意味分かんない。
「調査って…そんなん聞いたことないよ。大体、実際人間になる必要なくない?不便だし。そもそも人間になれんの??」
「上からの命令だ、お前がごちゃごちゃ文句言う権利はねぇんだ…よっ!」
「ぅわあっ?!」
ドカッとお尻を蹴られ、雲間から落とされる。
──ドスン!
砂浜に落ちたと同時に、カラスもストンと嫌味なくらい華麗に舞い降りる。
「…上からの伝言だ。人間になってる間、何かを失う可能性がある。」
「何かって?」
「例えば…四肢のどれかとか、視力とか、声とか、聴力とか…そういうのだよ。」
「は?何で?見えなかったりしたら意思疎通できないのにどうやって調査すんの?ていうか何調査すんの??」
「それは…自分で考えろ!」
「何それ!人間になる必要全くないじゃん!」
「いいから、とにかくここで気を失ってもらうからな!櫻井翔は身投げしてから2日連続この浜辺を朝歩いてる。今日も来るはずだ。ほら、これ飲め。」
カラスが何かの小瓶を差し出す。
なんと言うか…金色で、とぷんとしてて…
何て言ったかな、老人の方が使う体温計に入ってる…あぁ、水銀。
水銀みたいな金色の液体だ。
到底『飲む』行為を彷彿させるものではない。
「これ…飲めんの?」
「…多分。」
何で渡したカラスの方が不安げなんだよ。
立派な眉が歪んでいるのに苦笑して、覚悟を決めて一気に飲み干す。
「あっ、マジかよ心の準備が…!」
「何でカラスが心の準備……ぐっ…!!!」
突然息が出来なくなって、ぐにゃりと視界と…身体が歪む感覚。
そのままばたりと砂浜に倒れた。
「…生きろよ。」
カラスの何だか真剣なトーンの意味ありげな言葉を最後に、俺は意識を手放した。
「…おーい……て…ますか……!」
遠くに聞こえる誰かの声。
誰だっけ。
すごく懐かしい。
記憶…みたいなものが、ゆらゆら揺れる。
最近じゃなく、ずっと昔に聞いたような……
と思っていると、腹に衝撃が走る。
「ゲホッ」
口から水が出て驚きつつも咳をする。
何だろう、ぼーっとして身体に力が入らない。
人間の体って…重い…。
「…あの…大丈夫…?」
《大丈夫です…。えーと、助けてくれてありがとう…って…あれ?…あぁ、そっか。声が出なくなったのか。》
櫻井翔の無反応さを見てやっと思い出し、手足を見て息をつく。
良かった、体の一部はなくなっていないようだ。
とは言え衣服が消えている。
死神の間衣装を脱ぐようなことは無いから、何だかものすごく新鮮だ。
衣服の下の身体はこうなっていたのか。
ああ、そうだ、ターゲットに伝えなくては。
喉を押さえて唇を動かす。
しゃ、べ、れ、な、い。
「…声、出ないの?」
通じた!
肯定の意を込めて頭を一度下げる。
「…とりあえず、ウチくる?歩けそう?」
《歩けます。…っと!》
へなへなと力が抜けてしまう。
人間の体って……重い!!
普段飛んだり壁をすり抜けたりしてる僕達なのに、立ち上がることすらままならない。
よくこんな重い世界で生活していると感心する。
「肩貸そうか。ほら、立って。」
3日前に死にかけた体調の良くないターゲットにこんなこと、情けない…
《ありがとうございます。》
聞こえてないのはわかってるけど、口に出す。
「…じゃ、乗って。」
《…?》
乗る?
とは、何でしょう。
しゃがみ背中を見せる櫻井翔に、首を傾げてみせる。
「おんぶ。背中に乗って?」
…おんぶ…。
恐る恐る乗ると、ふわりと暖かい体温。
あぁ、触れ合う…って、きもちいい。
何だかすごく安心する。
「俺は…翔。…アンタの名前は?」
名前?
名前などありません。
僕にふられた番号は、413という数字だけ。
「どこから来たの?つーか何してあんなことになったの?」
どこから…と言われれば、上から。
何して…と言われれば、よく分からない。
僕、ちゃんと予定外の自殺を食い止めたんですけど…。
という不満を持って天を仰ぐ。
「俺の声は聞こえてる…よね?」
こくりと頷く。
「…もしかして…名前も来た場所も覚えてないの?」
覚えてない…に、含まれるんだろうか。
こんなこと、人間のふりをしてる時点で説明はつかない。
悩んだけど、もう一度頷く。
「記憶喪失……。」
この人間を騙してるみたいで心苦しい…。
櫻井翔の首の前に回した拳をぎゅっと握る。
「覚えてることは?」
…何か、本当のことが言いたい…
だけど僕は死神で、人間のものなんてひとつもなくて。
ああ、でも……
──どこから来たの?
ふと真っ青な空が目に入り、指で櫻井翔の肩をトントンとつつく。
櫻井翔は立ち止まって振り返り、僕の顔を覗き込む。
《そ、ら》
ゆっくり動かせばわかるかもしれないと思い、人差し指を上に向けながら声なき声を出す。
「空?」
正解!
「空が…何?」
とは言え…空から蹴られて落ちて来たとは言えないか。
空が…ええと…
《好、き、で、す》
櫻井翔がまた読み取ってくれて、嬉しくなった。
うん、こうしていったらきっとコミュニケーションをとっていける。
「また何か覚えてることあったら教えて。」
…ていうか、何故この人間を調べる必要があるんだろう。
何故、この人間の声を聞くとこんなに胸がドキドキするんだろう…。
人間の体というものは、不思議だ。