【Side 大野】
「おはようございます。約束、守りました?」
「…っ、松潤!お、おはよう。」
会社に着く前に、松潤に会った。
反射的に項を隠す。
松潤がその手を無遠慮に退けて、ワイシャツの後ろ襟を引っ張って中を確認してくる。
「ちょ、やめ!」
「…うん、ちゃんと噛まれましたね?偉い偉い。」
満足そうに松潤が笑って、あまりの恥ずかしさに真っ赤になる。
なんか、むず痒い。
そんな…優しい笑顔。
「櫻井さんは?」
「今日は帰社してるから来ないって。」
朝イチ上司から連絡があり、櫻井さんの携わったシステムでエラーがあったらしく、今日は急遽自社に出社することになったのだ。
何日かかるか分からないって落ち込んでた。
「そっか、あの人…クク…気が気じゃないでしょうね(笑)」
「そう…なのかな?」
「そりゃそうでしょ(笑)」
まぁ…確かに、何かあったらすぐに電話しろとかめっちゃ言われたけど…
番になったんだからもう大丈夫じゃん、って思うんだけどね。
「で、松潤!その…えーっと……ありがとうっ!!」
頭を下げると、松潤が「えっ」と声を上げる。
「何ですか、急に?」
「…松潤のおかげだから…。」
「…何言ってんですか。あなたが頑張ったからでしょ。」
「俺は何も…」
「もうこれ以上謙遜したらそろそろ殴りますよ?」
ぐっと握った拳を目線まで上げられ、慌てて口を手で押さえる。
「ははっ、冗談ですよ(笑)とにかく…やっとですね。これで安心です。」
「…ありがとね。ずっと…守ってくれて…。」
「いえ。自分の意思でやったことですから。まぁ、番になったとは言え好奇の目で見てくる輩は必ず居ますからね。…負けないで。」
「…うん。ありがとう。頑張るね。」
「大野さーーーーーーーんっ!!!」
「ぅわっ?!」
突然後ろから衝撃があったから驚いて振り返ると、侑李で。
「おはよーございまーす、今日もカッコイイっすね♡…あれ?雰囲気違い…嘘…まさかほんとに…」
「ご名答。残念だったねー。」
松潤がニヤリって笑って俺の後ろ襟を引っ張る。
「……っ!!!さ、櫻井さん…!!!…うっ……うわぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁあぁぁん!!!!!!」
「あっ…挨拶もできなかった…」
嵐のように走り去る侑李に何も声をかけられずに固まっていると、松潤が肩を竦める。
「…ま、こういうことも含めて恋愛ですからね。」
「…そう?よく分かんないけど、まぁいっか。」
いいのかよ!と松潤がケラケラ笑った。
昼休み。
櫻井さんから電話が入り、空いた会議室に慌てて入る。
何となく…フロアの一番奥。
『大丈夫ですか?!』
開口一番それだ。
思わず苦笑する。
「大丈夫だよ(笑)…もう、櫻井さんのものだしね?」
そっとワイシャツの上から番の印を触れる。
何でだろう、じわりとあったかくなる気がする。
…声を聴いてるからかな?
『はぁ…昨日の夜1回しかさせてくれなかったから…』
「ば、バカ!それが普通でしょ!」
『大野さん、なめてますね?俺の性 欲。大野さん相手だとほんと留まることを知らないんですから。今も声聞いてるだけでウズウズ…』
「な、な、何言ってんの!会社でしょ!」
『仕方ないでしょ、いつだってあなたのこと考えてるんだから…』
その時、電話口の後ろから、櫻井!と大きな声が聞こえる。
『はい、今行きます!…あーぁ、折角隙を見つけて電話したのに…』
「…大丈夫?ご飯、食べてないんじゃないの…?」
『大野さんの声聞いたんで大丈夫です!…分かってますね?何かあったら必ず連絡してくださいよ?』
「もぉ…ちゃんと隙見つけたら食べてね?でも、ありがと。…翔、くん…。」
『……っ!』
「じゃ、じゃぁね!」
櫻井さんの反応を待たず、慌てて切る。
不意に名前を呼んでしまってほっぺた沸騰しそう!
自分でわかるくらい熱い!!
はぁ…恥ずかしい。
櫻井さんと繋がっていた携帯を胸で抱き締める。
「俺、こんな浮かれてて大丈夫かな…」
その携帯を椅子に置いてあったジャケットのポケットに仕舞い、ふと気付いて部屋奥のホワイトボードへと歩みを進める。
前の会議の跡。
誰かが消すのが普通なんだけど、昼休みに入ってしまって消し忘れたんだろう。
午前会議にはよくあることだ。
『ヒートを知ることから』
『アルファやベータへの利点と理解』
『オメガ専用フロアの安全性を高めるために』
並ぶ優しい言葉に、頬が緩む。
今朝は部長会議があったから出れなかったけど、ヒートフロアの企画は企画推進部が粛々と進めてくれている。
まぁくんの想いが、形になっていく。
優しい人達の手で繋がれた企画は…きっと成功する。
計画は順調で。
好きな人と両想いで、恋人で、婚約者で。
番にしてもらって、もうヒートに振り回されることもなくて…。
幸せ、だ。
両手に余る位の幸せを感じる。
だったら…
俺がすべきことを、全力で取り組むしかない。
まぁくんの夢を…計画を、滞りなく遂行すること。
皆の抱える属性の差別を取っ払う足掛かりになること。
そして…櫻井さんのご両親にお許しを貰うこと。
ガチャリ、突然ドアが開く。
「大野さん…やっと見つけた。」
ああ、あと一つ…あった。
「…君は、備品管理部の…」
ぞろぞろと入ってきたのは、俺がオメガだとバレた時に襲い掛かろうとしたメンツ。
アルファ3人、恰幅の良いベータ1人。
パタンとドアが閉まる。
ガチャリ、冷たい鍵の音。
「誰にも邪魔されないタイミング…探してたんです。櫻井さんが居ない絶好のチャンスですから。」
ドクン、心臓が大きく跳ね、
こめかみをつぅと嫌な汗が流れる。
…そう、俺には
もう一つしなくちゃいけないことがある。
それは
この会社の人達全員に、認めてもらうこと。