「へっ??」
『魂』になって、偉い人に生まれ変わりたいって懇願したら警備?に引き離されて…
天界…ってとこに行くって話だったから、驚いた。
待機していたら急に手を引っ張られてすぽんと雲を抜けたと思えば、少し前に別れたはずのJさんだ。
そのJさんが当然と言わんばかりに訳の分からないことを言った。
「文句ある?」
「いえ…え、どういうこと?」
「だから、死神足りねーの。俺死神失格ってことで監査官になったんだけどさぁ、つーことはこの前消滅した奴と二人分不足するわけよ。
で、あんたのこと思い出したの。死神手帳を勝手に書き換えた罰として死神やらせようかなって。俺がお前を監査してやるよ!」
「いや…え?死神…って…」
「いいから、来い!自分で責任取れ!」
「まっ…!翔くんには会え…っ」
ぶわっと白い煙のようなものに包まれる。
突然視界が歪み、身体が自ら浮く。
「…頑張れよ。」
Jさんの呟いた声が小さく耳に響いた。
そして、突然射し込んだ眩い光と共においらの──
「…お前は今日から死神だ。O-413号。」
「…は…い……。」
『僕』の記憶は、真っ白になった。
死神、と呼ばれることに多少の違和感を覚えつつ、それでも僕は任務をこなすしかない。
主任に怒られ、無駄に顔の濃いカラス(監視官)に馬鹿にされ、悪魔と対峙し…
何人もの死を事務的に見送ってきた。
それが僕の仕事で、僕の生きる上で唯一の使命だ。
その中で、記憶にずっと残っている仕事がある。
孫を可愛がっていたおばあさんの死だ。
幼い…6歳の少年は僕の姿を見て、こう言った。
「あれ…えーっと…おにいちゃん、どこかで会ったことある…?」
心当たりは勿論なく、首を傾げる。
「私はこういう者です。」
名刺を差し出すも、少年は顔をしかめる。
「…ボク漢字よめないよ。」
「ああ、失礼致しました。死神、と呼ばれております。O-413号です。」
「おー…?」
「気軽におーちゃんとでも呼んでください。」
少年は、おーちゃん、と呼びつつも僕の顔をまじまじと観察する。
しかし、おばあさんを連れに来たのだと説明するとひどく狼狽した。
「何で?なんでそんなことするの?ばーちゃんはかーちゃんの代わりで、ボクにはばーちゃんしかいないのに!」
「そうなんですか?でも、おばあさんは苦しむことなく死ねてラッキーですよ?」
「ラッキーなわけない!!…今度は…ばーちゃんまでいなくなっちゃうの…?」
「…ええ。おめでたいことなんですよ?死ぬことは悪いことではありません。」
正直…果たして本当にそうなのか、と思うこともある。
別れの現場は涙が多い。
しかし、そう上に教えこまれたからそれを伝えるまで。
「またボクから大事な家族を奪うの…?」
聞けば、彼の母親は数年前に亡くなっているらしかった。
それで祖母と二人暮しをしていたのか、と納得する。
「なにか悪いことした?教えて、直すから!だからばーちゃんを連れてかないで!!」
しゃがんでいたから、襟元を捕まれガクガクと揺すられる。
「…ボクは…もう、誰も……っ」
泣きながら、そう訴えられて。
僕は何も言えなかった。
ズキン、ズキン、と心が痛む音を立てる。
この感情は何?
僕の体はどうしてこんなにも苦しい?
──死神は感情を持たねぇんだよ。
監査官は苦笑して僕にそう言った。
それでも少年の…
雅紀くんの顔を見ると、どうしても胸の奥がぎしりと音を立てる。
そしてその日の夜。
縋る想いの雅紀くんに悪魔が忍び寄った。
「おばあちゃんのために何かしたいけど、無力を嘆いてるんじゃないですか?」
なげ…?と雅紀くんが知らない言葉に首を傾げる。
監査官に報告され、上から慌てて降り立つ。
「お前っ…!こんな小さい子に何言ってるんだよ!!」
「おや、もう気付かれちゃいましたか。監査官は優秀ですねぇ。流石元死神。」
「…?流石、何て言った?」
「いいえ、何でも。とにかく、私のしてることは心の支えであるおばあちゃんが亡くなる少年への一種の優しさですよ。この子も一緒に人生終えた方がよっぽど幸せなんじゃないのかなぁ。願いも3つ叶えられて、おばあちゃんへの心残りもなくなる。一石二鳥じゃないですか。」
「おねがいを聞いてくれる代わりに、ボクも死んじゃう…ってこと?」
「雅紀くん!」
「ええ、そういうことです。勿論痛いとかはないので安心してください。」
ニヤリと笑う悪魔に雅紀くんが戸惑いを見せる。
「何でも…?」
「ええ。まぁ、寿命を延ばすとかは無理ですけどね?どこか行きたかったところとか、やり残したこととかあるなら何でも叶えますよ?」
「本当…?」
雅紀くんが、1歩、悪魔へと踏み出す。
「…っ、ダメです!絶対に!!!雅紀くん、おばあさんはそれでは喜びません!」
雅紀くんがゆっくりと僕を振り返る。
「どうして…?死んじゃう前にしたいことさせてあげたいよ。」
その目は涙で潤んでいる。
「…何かを成し遂げることが大切なのではありません。何かをしようと努力することこそが大切なんです。それこそがおばあさんが一番心残りな『孫の成長』なのです。
自分の手で、自分の力で。自分の足で、自分の考えで。失敗したって構いません。何をすべきか考え、自分の出来る範囲内で行動する。おばあさんはそれが嬉しいのです。そういうものです。」
多分、と心の中で付け加える。
僕にはそんな経験もなければ環境もない。
「……でも……ボクじゃ何も出来ないもん。ばーちゃんの好きなお花を買うことも、思い出の場所に連れて行ってあげることも…。それなら、おねがいごとを叶えてあげて一緒に死んじゃえばいいじゃん。そのほうがシアワセでしょ?」
「…悪魔に魂を取られれば、あなたとおばあさんの魂は離れ離れです。一生会うこともありません。」
「…え?」
チッ、と悪魔が小さく舌打ちする。
「それに…
『幸せは思いやり合う人と人の間に咲く』。
おばあさんが教えてくれた言葉でしょう?…あなたは、おばあさんと過ごせてもうとっくに幸せなんじゃないですか?そして…おばあさんになにかしたいと考え、思いやってる時点で、おばあさんもとても幸せなのではないですか?
人と悪魔の間に咲くものは、幸せなんかではありません。ただの利害関係。悪魔はあなたの魂を食べてしまいたいだけなのです。おばあさんはそんなこと知ったらきっと悲しみます。何よりも、孫の…あなたの幸せを願っているのですから。」
彼女の口癖なのか、挨拶に行って間もないというのによくそう言っているから覚えてしまった。
信念、というやつだろう。
雅紀くんは小さな身体でたくさん悩み、結局悪魔の誘いにはのらず、一生懸命祖母の笑顔の絵を描いた。
天国はきっと楽しいところだと必死で想像力を働かせて事細かに楽しそうな設備や仕組みを説明し、
皺は多くなったが洗濯も椅子を使って最後の1枚まで干し、
料理も自分一人で簡単なものを作って見せ、
少し失敗したがそれを振る舞い、皿洗いまでこなして見せた。
平皿とグラスを割ってしまったが、その片付けはおばあさんと一緒にやった。
彼女の大好きなマーガレットの花は買えないから、折り紙でそれを作った。
折り目は雑で、出来上がりはヨレヨレになっていた。
雅紀くんのそういった努力におばあさんは涙を流して喜び、穏やかに微笑んでその生涯を閉じた。
「…『自分の手で』…か。君、ほんと変わってないね。」
悪魔が溜息と共に笑う。
「…?2回目ですよね、会うの?」
「…『死神』ではね。じゃぁ…『また』。」
クスリと笑い、悪魔は姿を消した。
死神では…って、どういう意味だ?
でも、、安心した。
悪魔に出し抜かれなかったからではない。
雅紀くんが最終的に、「おーちゃんありがとう」と言ってくれたからだ。
「ばーちゃんのタマシイ?はちゃんと成仏出来るんだよね?」
「勿論です。安らかに眠れますのでご安心下さい。」
「…良かった。ばーちゃんに心配要らないって言っといて。兄ちゃんとこで仲良くするから。」
「分かりました。お兄さん…がいたんですね。今回のことは教えなかったんですか?」
「うん。死んじゃうってわかってたら、兄ちゃん可哀想じゃん。兄ちゃんの大好きな人が2年前に死んじゃったんだって。ボクは全然覚えてないけど、…くふふ、おーちゃんみたいな人だったと思う!」
「私のような…ですか?」
「うん。何となく。とにかく、大好きな兄ちゃんなんだ!だから、2人でも大丈夫!」
優しい子だ、と思う。
こんなに小さな子なのに、人を思いやって行動出来ている。
おばあさんに伝えたらきっと喜ぶだろう、と頬が緩む。
「…それは良かったです。」
「あのさぁ…ばーちゃんは、何かに生まれ変わる?」
「…いえ。魂は天界へと運ばれるだけです。何かに生まれ変わるということはありません。…あなたを空のずっと上から見守っていると思って下さい。」
当然のことを言ったまでなのに、何故だかチクン、と胸が痛む。
「…そっかぁ。じゃぁ、笑顔でいないとね!」
雅紀くんは寂しそうに、だけど笑顔で空を見上げて手を振る。
「ねぇおーちゃん…また…会える?」
「貴方の身内の方が死ぬことになれば、あるいは。」
「…ならいーや!」
「ふふ…残念です。」
何故残念なのかも分からないのに、僕はそう言った。
色んな死を扱った中で、一番感情が動いた案件だった。
それに、どこか懐かしい気がしたのは何故だろう。
この子に…何故特別肩入れしてしまうんだろう。
そう監査官に聞くと、監査官は苦笑して「分かる日が来るといいな」と言った。