「翔さん!」
「あ…二宮…」
翌日、二宮はうちにまで顔を出した。
通りかかってたまたま俺を窓の外から見つけたらしい。
サトシはぎゅっと俺の服の裾を掴んで後ろに隠れる。
二宮の方を見ながら眉を顰める姿は、雅紀を初めて見た時と少し違っていた。
警戒しているような、少々嫌悪感を抱いているような…そんな態度。
「ほら、サトシ。挨拶して。」
「サトシ…って…。」
二宮が怪訝な顔でサトシを見る。
「あー…いや…」
智の生まれ変わりだと名乗る二宮に、言うべきか躊躇う。
智の名前を、記憶喪失で倒れていた顔がそっくりな男につけただなんて…。
「…まぁいっか。初めまして。…あ、あの時もいた…かな?ごめん、翔さん以外あんま覚えてなくてさ。ていうかさ、サトシくんは…何でそんな顔してんの?俺、何かしたかな。」
《……。》
否定も肯定もしないサトシ。
二宮は…サトシの顔に違和感がないらしい。
前世の記憶はあっても、鏡を見た記憶は無いのだろうか。
俺はというと
どちらの味方も出来ない。
どうしていいのか分からない。
どちらも智じゃないのに、どちらかに正解を見出そうとしてしまう。
「…ま、よろしくね。これからたまに遊びに来るから。」
「えっ?」
二宮がサラリとそう言うから驚いた。
遊びに来る…って。
「何か困ることあります?
大野智の──俺のこと、好きだったんでしょ?」
あまりに普通に言われるから、ただただ頭が混乱する。
「あの…さ。智の…生まれ変わりだって、何でそう思うんだよ?」
そう尋ねると、二宮は俯けた顔でふっと鼻で笑う。
「…分かるんですよ。何となく。翔さんのこと…好きだった、てこともね。それは、今も──。」
「…そんなん…」
二宮は少し間を開けて、顔を上げる。
「信じられない…ですか。そりゃそうだよね。じゃぁ、何を言えば信じてくれる?何があれば…信じてくれる?」
「何……って……」
「いいよ、何でも言ってみてよ。翔さんを手に入れられるなら、俺は──」
二宮の左手が俺の頬に触れる…
瞬間、
パン!
とサトシの手が二宮のそれを払った。
サトシが二宮の目を見据えてふるふると首を振る。
「サトシ!」
サトシに怒鳴ったことは無い。
突然の大声にビクッと跳ね上がるサトシ。
「…暴力は振るっちゃダメだ。分かった?」
《……ごめんなさい。》
「…分かってくれればいいんだ。」
サトシの世界は俺らだけ。
そこに来た新参者を受け入れられないのは当然のことかもしれない。
だけど、
「サトシ…仲良くしよう?お前も友達、な?」
そう促すと、サトシは困った顔をして、迷った挙句《よろしくお願いします》と二宮に手話をした。
「…手話…?」
「サトシは、声が出せないんだよ。」
二宮は、「えっ?」と言い、何故か後ろを振り返り何かを探す。
「…何?」
「…あ…いや……。」
サトシはじっと二宮を見ていた。
二宮はそれに気付き目を泳がせた後、バツが悪そうに「今日は帰る」と踵を返した。
夜、サトシが俺に尋ねたのは指輪のことだった。
《デザインを詳しく描いて下さい。》
「何で?」
《もし海で泳いでいて見かけたら、拾えるでしょ?》
渡されたスケッチブックに、当時の記憶を馳せてペンを走らせる。
「…こんな感じ。」
見せると、サトシの眉間に皺が寄る。
「何よ、その顔?」
《…僕が描くから、翔くんは説明して下さい。》
「分かんだろ、これ!」
《…僕が描くから、翔くんは説明して下さい。》
「同じこと2回言うなよ!」
仕方なくシルバーで出来ていて3~5mm程の細さだということ、
真ん中に光る『人魚の鱗』という貝殻の欠片の形状、
それを挟むように刻まれた天使の羽のデザイン、
指にはめた時にどういう見た目だったかを事細かに説明した。
一瞬だったけど、好きな人からの手作りプレゼントの記憶は鮮明だ。
サトシがさらさらと描いたそれは記憶にとても近くて…初めて絵が上手いということを知った。
何だ、あるじゃん。
サトシと智の共通点。
何だか無性に嬉しくなって、今度風景画を描いて貰おうとこっそり心に決めた。