ヒューーーー……………
……ダァン!!!
花火の音がガラス越しに響く。
電気を消した部屋の中は、ガラスを震わす夏の音と妙に響く時計の音以外は静かだ。
海側の窓が一面ガラス張りになっていて、空に色とりどりの華が開く度に2人の横顔がその色に照らされる。
光ってから爆発音が届くまで、数秒。
その差異が、視覚よりも離れた距離を物語る。
しかし小高い丘にそびえ立つこの別荘は、海に面していて空に咲き誇る華を遮るものが何も無く、夜空と反射する海面に大きく煌めいている。
そのガラスの前で、重なる影。
床を背にした男の目が不安に揺れる。
「…な、にを…」
「いいでしょ。どうせもう会えないんだし。最後くらい──」
2人の声を搔き消す花火の音。
──俺のこと恨んで、一生忘れないでね。
花火の光を背負った男は言った。
組み敷かれた男は、背後の閃光で見えづらい彼の顔が笑った表情に見えたのに、どこか泣きそうだと感じた。
*
「今年も行っていい?」
「あ、花火?…いいよ。」
「サンキュ!」
毎年恒例になった、父ちゃんのアトリエである別荘を使っての花火大会は、恐らく今年で最後だ。
大学4年、7月現在。
来年にはバラバラになる仲間たち。
東京に出たり、地元に残ったり。
皆がそれぞれの夢へと旅立つ。
勿論、翔ちゃんも。
「翔ちゃんは…アメリカだっけ?」
「あー…うん。1年間、経営学を学びにね。」
「お父さんの会社、継ぐんだもんね。」
「まぁね。智くんは…来年どころか、もうすぐパリだよね。」
画家になるための留学だ。
本当は卒業してから行きたかったけど、向こうの学校の都合で仕方ない。
俺だけ一足先にサヨナラ。
「うん。夢だったから。」
「お互い遠いけど、頑張ろ。俺ら、海外組だし色々情報交換しよ!」
「…そうだね…。」
「しょーちゃーん!次青江教授の授業でしょ!南校舎だよ!」
「あ、わりぃ雅紀今行く!じゃぁね、智くん。8月の11日、よろしくね!他のメンツには俺から声かけとくから!」
笑顔を向けられて、胸がぎゅっと狭くなる。
この笑顔を、俺は──
壊すんだ。
「…え?」
「…ごめん。花火大会の会場は混むと思うけど…どうしても別荘で二人きりになりたいの。頼む。最後のチャンスなんだよ。」
駅前のカフェに呼び出したニノに頭を下げる。
花火大会前日。
翔ちゃんが皆を誘ってくれたはずだけど、ドタキャンさせてもらうことにした。
皆には悪いけど、翔ちゃんと二人きりにさせてもらおうと思って。
「…とうとう言うの?」
観察眼の鋭いニノは、とっくに俺の気持ちに気付いていた。
多分…俺より早く。
翔ちゃんに恋人がいないから、ワンチャンあるからさっさと告れと何回急かされたか分からない。
だけど俺は友達として隣に居ることを選んだ。
でも…
もう、それも終わりだ。
「……うん。襲う。つーか犯 す。」
「はっ?!」
ニノが驚いた拍子に椅子が揺れ、背もたれに掛けてあったリュックを落とす。
半開きだったので筆箱やゲーム機のケースなどの小物が飛び出し、拾い上げながらも動揺して上手く収められない。
「ま、まっ…えっ、何で?」
「断られるのは目に見えてるから、もういっそ嫌われて二度と会わない位でいいかなって。俺の留学も秋からだろ?夏休み終わればほとんど顔見合わさないで済むんだよ。」
アイスココアを細めのストローで吸い上げる。
口内に広がるほろ苦い甘味は、決心した俺の心を肯定するかのようにじわりと染み渡る。
「いやいや…え、何これドッキリ?…んなわけないか、いや、ちょっと落ち着きなさいって、ね?暴走してどうすんのよ。」
「そうでもしねぇと忘れられるじゃんか?俺は嫌われてでも憎まれてでも、忘れられたくねぇんだよ。」
翔ちゃんはきっと、忘れてしまう。
俺のことなんて。
俺はきっと、翔ちゃんのことを一生忘れられないから──。
「…まさか、こんなこと…アンタ達……はぁ…。」
「悪いとは思ってる。多分、5人で集まれんのはもうないと思う…。」
ニノが項垂れて頭をわしゃわしゃと片手で掻き乱す。
そのまま顔の前まで持ってきて、顔面の皮を伸ばしながら口まで下ろす。
ニノの顔の皮は柔らかく、その経過は若干ホラーだ。
「…まぁいーや、俺から相葉くんと潤くんに言っとくから。……ていうか、そっちなの?俺てっきりアンタが受け身の方かと。」
「何言ってんの。翔ちゃん世界一可愛いじゃん。俺が男役でしょ?」
「げほっ。」
ニノが大袈裟に咳き込む。
「何だよ?」
「いや……色々すげぇなーって(笑)まぁ、お幸せに?」
「ちげぇだろ。幸せを壊しに行くんだから。」
ニノがクッと喉で笑い、嫌味を込めた言い方で言い放った。
「じゃ、ご愁傷様。」