「さて。皆々様。本日は簡単に使える魔法をご覧頂きましょう。…あ、申し遅れました。私、当『BAR Lotus』のマジシャン、二宮和也と申します。お気軽にニノとお呼びください。以後お見知り置きを。」
二宮はほとんど表情を変えることなく、抑揚のない決まり文句を口にしてぺこりと頭を下げる。
大野はパチパチと拍手をし、目を輝かせている。
櫻井は査定するかのようにニヤニヤと、松本はうっとりと二宮を見ている。
相葉もフロアスタッフに伝えられた女性2人組からの注文のカクテルを作りつつ、二宮を気にしている。
「魔法とひとえに言っても、種類がございます。
物を別の物に変える錬成の魔法。
無い物を生み出す生成の魔法。
別の場所に飛ばす転送の魔法。
そして…人の心を奪う心酔の魔法。」
「すごいな…いっぱいあるんだ。」
大野は素直に思ったことを口にする。
「…で?今日はどの『魔法』を見せてもらえるのかな?」
櫻井が顎の下で手を組み、嫌味っぽく笑う。
「櫻井さん…だっけ?アンタ、信じてませんね?」
二宮が薄く笑いながら座る櫻井を下目使いで見る。
「ああ…悪いね、気に触る言い方をしたかな?魔法、みたいな曖昧な表現、信じてると言えば嘘になるよ。」
挑発的な目を返す櫻井も、上目遣いでニヒルに笑い応戦する。
相葉は止めようとするも2人のバチバチと火花の飛ぶような視線の絡みに入ることが出来ずハラハラしている。
櫻井は魔法などという非科学的なものは全く信じていない。
マジックとは所詮、種や仕掛けがあってのもの。
手先の器用な人間が目の前の客を欺き、惑わせ、騙す。
それを悪いとは思わないし、見れば感心する。
ただ『魔法だ』と名乗るのであればそれは否定する。
それはただの──『嘘』だ。
それは、恋愛も同様。
より魅力があり知のある、もしくは金のある人間が、欺き、惑わし、騙す。
恋愛はゲームだ。
誰かに夢中になる、なんてものは実に曖昧で脆い。
──理解ができない。
そう櫻井は考えている。
いや…そう考えて、いた。
「では。」
少しの沈黙を破ったのは二宮だ。
「今日は先程述べた全ての魔法を網羅してみせましょう。」
「それは楽しみだな。」
櫻井は長い脚を組み、片肘をカウンターにつき頬杖をつく。
(なら見るなよ、嫌な奴……)と、松本が思わず出かけた舌打ちをぐっと堪える。
大野はやっと始まるとワクワク覗き込む。
「では、こちらをご覧下さい。種も仕掛けもございません。」
「…スペードのキング。が、櫻井様のスーツのポケットの中に。」
「………マジか。」
目を丸くした櫻井のポケットから出されたカードには、まさしくスペードのマークとKの文字が描かれている。
「わー!すごい!!!」
大野が嬉しそうに手を叩く。
前にはダイヤのエース。
松本は(ザマーミロ)、と込み上げる笑いを堪えている。
その手にはハートのジャック。
二宮のイメージだろう、その人に合ったカードを最後に差し出すのが定番化していた。
「こちらが転送の魔法です。」
ぺこりと頭を下げる二宮は営業スマイルでにっこり笑顔を見せる。
「すごいね!ね!櫻井さん!!」
櫻井は大野にがしっと腕を掴まれ、至近距離でキラキラした瞳に自分を映す。
「あ、ああ…そうだね。」
戸惑いながら苦笑いして返す自分のペースを保てない櫻井に、二宮はクスリと笑う。
「でも、櫻井さん…すみません。最後の魔法は櫻井さんには効かないみたいだわ。先にかけられちゃうとさ、もう上書きは無理なんスよ。」
「…は?」
最後の魔法が何を示しているのか覚えておらず、櫻井は首を傾げる。
「というわけで、網羅は出来なかったので。私の負けですね、申し訳ありません。」
頭を下げる二宮が口角を上げていることを、相葉は見えずとも知っている。
自分のマジックで櫻井を出し抜いたが、櫻井の心を奪う…マジックと自分に一時的に心酔させることは出来なかったと認めている。
その原因が、隣ではしゃぐ大野のことだろうということも──。
「ニノは負けてねぇよ。あなたも実際驚いたでしょ?」
松本がムキになって二宮を庇う。
「驚いたよ!ね?」
大野が櫻井を純粋な目で見つめる。
櫻井は逸る心臓に戸惑いながら、
「あ、あぁ…凄かった。魔法を信じてる訳では無いけど、君の腕は確かだし実際本当に特殊な能力があるんじゃないかと疑ってるレベルだよ。楽しませてもらった、ありがとう。」
と本心を口にする。
マジックなどというものを実際目の当たりにしたのは初めてだった。
テレビ等で映っていてもすぐにチャンネルを替えていたので、櫻井にとっては全てが新鮮で手に汗握るものだった。
「それはそれは」
二宮が当然、といった顔を隠して小さく笑う。
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。」
「二宮さんは、何でマジシャンになろうと思ったの?」
大野は興味津々で二宮に尋ねる。
「……難しい理由なんてないですよ。ただ、手先が器用で、目の前にトランプがあったから。」
二宮が少しの間を置いて答える。
「ふふ…何かそれかっこいいな(笑)そこに山があるから、って登山家みたい。」
大野は目尻に皺を寄せて笑う。
「…マジック、楽しんで頂けましたか?」
相葉が大野に柔らかく微笑み、尋ねる。
「すっごく楽しかった!また…来てもいいですか?」
「勿論!」
相葉は嬉しそうに笑う。
「そん時は金とるよ?今回だけだからね。勘違いしないで下さいよ。」
「ニノ!!」
「んふふ、勿論!次も素敵な魔法かけてください。」
「お任せ下さい。」
二宮が恭しくお辞儀する。
相葉がほっと胸をなで下ろす。
二宮の態度で何度客と一触即発な空気になったことか……。
その都度 激昴した客を言いくるめてきたのは当の二宮で、結局何故か二宮のファンになり常連となってきたのだけれど。
二宮の態度は悪く決して社交的とは言えない性格だったが、それでも客は話す内に二宮のことを好きになる。
まるで魔法をかけられたように。
そして松本と相葉は…
客のそれとは違う取り返しの効かないような好意を、二宮に抱いてしまっていた。