先日、神社好きのお弟子さんと神社の話になり、おすすめの神社をいろいろと教えてもらっていたところ、6年前から行きたいけど行けていない神社があると。というのも車の運転が苦手なためなかなか遠出ができないとのこと。
それは淡路島にある神社。グーグルマップで調べてみると1時間半の距離。
わりと近いじゃないか。
自分も数年前から県外の山奥の神社にはたまに参詣しているので、それらと比べると近い。
お弟子さんはそこに行くのが夢だという。
6年越しの夢を叶えることができるなんて滅多にない。割と近いしかなり興味があったてめお連れすることに。
その神社とは、国産み、神産みの伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)を祭神とする伊弉諾神宮。
伊邪那岐命が最初に生んだのが淡路島。次にここ四国。そして隠岐島、九州、壱岐島、対馬、佐渡島、本州と続く。
訊けば、ここへ訪れると人生が変わるらしい。
興味深い。
というのも、1年ほどお世話になった整体の先生にも同じようなことを言われた。
「剣山に行くといいよ。人生が変わるから。」
ほんまかいなと思いながら即行った。
そしたら人生変わった。
だから今回もどう変わるのか試してみたくなった。
結果、人生は変わった。
今回のことではっきりしたことがあった。
人生を変えたいから行くのではなくて、変わるタイミングで自然と行くようになってるということ。
訪れたタイミングで切り変わるんだけど、実はその数か月前から何かしらの変化や出来事が起き始めていた。
剣山の時もそうだった。
人生が変わるというから何か大きなイベント発生などを想像しがちだけど、自分的には、魂の軌道修正みたいな感じ。だから自分にしか分からない内側の変化。
ここ最近、魂というものに意識を向けるようになった。
人間には顕在意識と潜在意識があり、その割合は1:9。潜在意識のほうが現実に与える影響が大きく、そこには魂の傷が含まれている。
人間はその傷を癒すためにこの世に生まれてきているため、この世は辛いこと、魂の傷が疼くような現実を引き寄せることの方が多い。それは魂に傷があると教えてくれているから。
でも顕在意識の一部であるエゴがそこに気づかれないよう邪魔をしてくる。エゴは、宿命から逃げるよう仕向けてくる。自分を偉く見せようとしたり、みんながやっているからと正当化しようとしたり。つまり頭で考える事というのは、良いことも含めてエゴ。
だけどそのエゴがなければ魂にも気づけない。エゴが引き寄せた現実にどう向き合い、そこから何を学ぼうとするか。そこを見極めなければ魂の傷は癒せないという。
具体的にどうすればいいのかと考えていたら、昔よく聞いていたEGO-WRAPPIN'を思い出した。
なるほど、「エゴラッピン」
エゴを包み込めばいいんだ。


