江戸時代までは確実に日本人の動き、呼吸をしていた。

ナンバの動きや、丹田での呼吸。

丹田というのは腹であり、腹を割る、背に腹は代えられない、腹に一物、昔から精魂はにあると考えていた。

今は頭重心で物事を理性的に考え、いかに合理的に処理できるかということが良しとされている。これにより感覚というものが現代人は衰えてきている。

 

能や狂言には登場人物に、蚊や梅の花、カキツバタが出てきてそれらが喋っている。

これは作者が植物の心を読んでいるから。

自然との会話ができた日本人がいたということ。

この感性、感覚というものがこれからの時代に必要になってくるのではないか。

 

それを取り戻す第一歩として、「身体の使い方(歩き方、呼吸)」を変えていく。

 

まず歩き方。

能や狂言では、すり足をしますがこの歩き方はどこからきたのか。

陰陽師の安倍晴明が邪気を払うためにする呪術的な、反閇(へんばい)という足の踏み方からきているともいえるが、もとはナンバ歩きからきている。

 

日本人は田植えをするときに右手と右足が同時に前に出るし、カマを振り下ろしたときにもそのような動きになる。これがナンバの動き。

西洋からきた野球の投げ方を見ると、体をねじって投げているし、歩き方も、出した足と逆側の手を振って歩く。

 

江戸時代までの日本人は、上半身は手を振らずに歩いていた。飛脚も忍者も上半身は揺らさずに

走っていた。これがエネルギーをあまり使わないナンバ走り。

100メートルであれば両手を振った方が速いが、マラソンだと上半身は揺らさないようにすると効率の良い走り方ができる。日本人は元来そうであった。

それを受け継いでいる能狂言の歩き方もナンバ歩き。

 

現代人は歩くときに、まず踵から地面に付けて歩くがこれが体に悪い。

日本人はいつからこの歩き方に変わったのかというと、靴に変わった時から。

草履をはいていた時はこの歩き方をしていなかった。親指と人差し指で鼻緒を掴んで歩くと、踵から下ろせないため、足全体を地に置くような歩き方になる。足はまっすぐにピンと伸ばさず、常に膝が緩んでいる状態から、重心を前方へ倒すと自然と足が前に運び出されるようになる。これがナンバ歩きであり日本人のもともとの歩き方。

正しい呼吸、歩き方をするために着物がある。

女性の帯の位置が高いところにあるのは、腹式呼吸ができるように、男性は丹田を締め上げるような帯の位置になっている。着物は、日本人の体型や生活様式において理にかなった衣装といえる。

 

今この身体の動きが失われたことによって、精神的にも踏ん張る力が無くなり、自分の軸も不安定になっている。今の若い世代は自分のことが分からず、生き甲斐も分からないといって引き籠もってしまう子が増えている。心をつくる前に身体を整えておくことが必要ではないか。

 

と、狂言師の茂山千三郎さんが仰っていました。