香西教室はわかりにくい場所にある上に、看板を表に出していないので初めて来られる方が辿り着けないということが過去に何度かありました。

ですがつい先ごろ、来る人来る人が立て続けに辿り着けなかったということがあり、これまではたまにあることだったので深刻に受け止めていなかったのだけど、連続して起こったということで深刻さが増すこととなり、看板を作ろうと決心するに到りました。

 

ということで早速デザインに取り掛かるわけですが、文字に関してはやはり既存のフォントを使うのは憚れるので自分で書くことに。

日本に溢れる毛筆体によく見られる、やたら派手な自己主張満載の字体が苦手なので比較的おとなしくしたい派です。年齢とともに感覚も変わっていくもので、派手なものを書く時もありますが、大河の題字と良寛さんの書でいうと良寛派になってきています。年を取ると油物が食べられなくなるのと同じですね。

 

日本はマンガを見ればわかるように、線の美を見出してきたわけじゃないですか。漫画が西洋の人の描き方と違うのは輪郭線があるというところで、西洋では面でとらえるのに対して日本のマンガやアニメは線で表現しているんですよね。水墨画もそうですが、浮世絵が主流だったころは筆でもって一回で輪郭線を決めて書いていたわけです。そして書においては、一度紙に筆を置くとやり直しがきかないということから、一回性の芸術といわれているのはご存知かと思いますが、線を素材とし、そこに感情から立体的な奥行きまですべてを一本の線の中で表現してしまう芸術は他にはないのではないでしょうか。

 

能書きはこれくらいにして、まずはこれ。シンプルに。

 

 

 

 

 

 

 

屋号はずっと昔に作っていたこれを使うのですが、看板が横長になるので

これを横に並べなおして

 

 

あと、ウェブサイトのアドレスと、そのQRコードを付けました。QRコードは今や世界中に広まっていますが日本(元デンソー)が発祥の地。デザイン的にも優れているし、書作品に押す落款印のように作品としての引き締め効果もあります。

ここまで決まるのに2週間くらい。

文字は割と短時間で仕上げてしまい、文字の配置と大きさ、それぞれのバランスに時間をかけます。特に文字の間隔をミリ単位で調整するのに何日かを要します。書は余白の美ともいわれるので、そこには意識しておきたいところ。といってもまだ20年程度の経験しかない身なので意識したところで・・・という話なのですが。

 

修行不足を感じるときというのは、まあそもそも思い通りに筆を操れないというのもありますが、何時間も集中して書いて、いい感じにできた、と思っても、翌日にその作品を改めて見ると粗が見えるという、真夜中に書くラブレター的な恥ずかしさを感じるところで

気分が高揚した時と、冷静な時とでは見え方に差が出てくるわけです。最初は理性で判断していたのがだんだんアドレナリンも出てきて、それにともない情動も生まれます。

 

書道というのは「道」がつくために精神修養ともいわれますが、いかに集中して理性を保ち続け喜怒哀楽に振り回されないようにするか、そして結果を求めることなく継続できるかということが問われてきます。上手く書けないときに、1枚書いては落ち込み、1枚書いてはイライラし、、、ではなく、失敗したら次、また失敗したらまた次、と理性で書くこと、イライラしている自分を観ることが大事です。

 

作品を創るということは、毎日がこれの繰り返しなので〆切というものがないと永遠に書き続けることになります。つまりどこかであきらめなければいけません。

デジタルであればマウスを動かすだけでミリ単位の調整はあっという間にできますが、書においては一回性なのでそれは不可能なのです。

 

 

 

今回の看板は間接的にお世話になっている、看板専門店の(株)乃村工芸さんの社長にお願いして作っていただきました。看板でお悩みの方は歴史ある乃村工芸さんでしたら間違いないですよ。

 

 

 

製作途中でこんなデザインもできましたが、600×900㎜サイズで文字の視認性を考慮すると、シンプルに行き着きました。