これまで数回にわたって紹介してきた発達障害についての記事は勝手に終了させてもらいました。
というのも、去年の発達障害の対応に関する講演会に参加して以来、自分の中で、ん?と思うことがちょくちょく出てくるようになり。そうしているうちに書く気が失せてしまいまして。
これはどうも、子どもの行動を見た時に自然とそっち方面の思考を働かせてしまって障害のパターンと結びつけようとしている自分に対する嫌気からですね。結びつけて安心しようとしていたんだと。その不可思議な行動に名前をつけようとしていた。理解できないばかりに。
やはり、○○障害というような名前ってそっち方面に気分をもっていかれてしまう。そこに固執してしまう。そうするとそこで思考が停止してします。だからそこだけは気をつけていないといけないわけで。ですから、発達障害に当てはまる様子を見せていても、発達障害ではない場合も多々あるということ。野口晴哉先生の言葉を借りるなら「体癖」、つまりそれぞれにある体の癖からの行動であるということもありえる。もちろん、育て方であったり環境の問題もそこに加味されるわけで、そういった素因と環境因の理解はもうすでにあると思われるので、この場ではやはり環境因によるものを考えた方がいいと。子供にとって一番よい環境とは・・・を深く考えてみることが必要かと。
例えば、家庭で一番やっちゃいけないのが子供の前での夫婦喧嘩など。不平不満の言い合いが続くと、子供にADHDに似た症状が出てくる場合もあります。
虐待ってのは物理的な暴力だけではなく、言葉の、そして想念の暴力も含まれる。子供の前でやらなかったらいいかといえばそうではなく、人間の感情は電気信号らしいですからそいうものを感受性の強い子供(大人も)は飲み込む。
そうすると、”無意識の自己防衛”としての発症はあり得ると思います。そう考えていくと、大人がやるべきこと、というよりも、やらない方がいいことは何であるのかということを探してみた方がいいのかもしれません。