(2018.10.17 Twitter より推敲・再掲載)

「克服したかと思ったが」

小目次
3-1. 認知行動療法に取り組む
3-2. カウンセリング期間の人間関係
3-3. 仮面をかぶった就職活動 ― 躁状態からの転落

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(再掲載注: 今こうして乗り越えた状態で、あえてスピリチュアルな方法で克服しました!という人たちの表現を調べて見てみると、【あながち間違ってない】ことがあります (○appy○ゃんという人は、スピリチュアルすぎますが、本質はついている)。僕の目標は、この辺をスピリチュアルな表現ではなく、全部辞書にのってる言葉・用法で説明しきること。辞書の意味が曖昧な時は、最も普遍的・論理的な用法を定義し直して記述することです。みんな自分で自分を救ってくれ)

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3-1. 認知行動療法に取り組む

 

(2018.03 ー 2018.05頃の話)
僕のカウンセリングの中心は、「認知行動療法」だった。

 

認知行動療法は、"症状" の緩和にとても有効だ。

 

多くの精神疾患に共通するのが、「原因の解決は後でいいから、

 

とりあえず、"今この瞬間" の辛さをどうにかしたいんだ」という切実な気持ち。


(認知行動療法の本質についてはコラムで記述)

 対人不安だったら、「会う人会う人に嫌われる気がする」→「まぁ全ての人が嫌うわけではないだろう」。
 自己否定だったら、「とにかく自分はだめだ」→「だめなところもあるし、ましなところもある」。

 

 認知行動療法を通して、完全に混沌とした思考状態から、

 

「外の世界は自分に対して、過剰に肯定的でも否定的でもない。

この "辛い" という感情を生み出しているのは、自分の中の何かの動きだ」

 

という認識を得ることができた。

 

 (再掲載注: これが認知行動療法の目標到達地点
目標は、「根本的な不安の原因の除去」ではなく、

「この不安の原因は、外の世界ではなく、
自分の心の中の"何か"に原因があるらしい」という意識
に持っていくこと。)
一言添えておくならば、
僕の場合は、自分を脅かすような具体的な脅威
(幼少期の虐待・過干渉、学校でのいじめ等) の経験があったわけではなく、


『理由が皆目見当がつかないのに、とにかくずっと生きづらい』

という状態だったから、認知行動療法が良く効いた。

もしそういった過去のトラウマが原因だったら、
最初は強烈なトラウマなどを対処する技術から学んでいったのだろう。

 

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3-2. カウンセリング期間の人間関係

 

 ここで、カウンセリング期間 (2017.06 ー 2018.06) におきた対人関係も少し触れておきたい。

 

・当初の目的だった、"この人に好かれたい" といってた女神は、
その時点で既に結婚直前で、その後普通に結婚なさった。

もしカウンセリングという「安全基地 (= 逃げ場所)」がなかったら、
強烈な自己否定の嵐に襲われていたと思う (小雨くらいで済んだ)。
 
・昔 (23歳ころ、最初の心療内科に行く少し手前)、
2ヶ月くらい瞬間的に付き合っていた人がいた。

この人のことは、振られてからもずっと意識にちらついて、
次に会う機会があったらもう一度打診してみようと思っていた
(もはやただの固執)。

そして、このカウセリング期間中に再び会う機会があった。

その時はカウンセリングも終盤で、人生なんとかなるんじゃない?
、という躁状態だった。

その人にアプローチしてみるも、雑に扱われて流れた。

この時は、数少ない女性の知人にもやもやを相談して、
「色々あるが仕方ないのだ、大人らしくきっぱり諦めて次いこう!」ということになった。
(この辺の対処が良くなかった。後々のメンタルクラッシュの原因の1つ)
(再掲載注: 要は、自分の感情を押し殺して、『大人の対応(笑)』をしてしまったのです。愛着障害・アダルトチルドレンの人は、実は『大人の対応』ができないんです。自分の中に 『子ども』がいるから。)

 

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3-3. 仮面をかぶった就職活動 ― 躁状態からの転落

 

カウンセリング終盤には、人生の岐路になる就活もあった。

理系でしかも大学院卒 (博士) ってのは結構厳しい。

僕は、ずっと行きたい企業があって、そこに入社するためだけに博士課程を頑張ってきた。
 

(再掲載注: 僕の分野は、基本的に博士は取りませんよ、というスタンスの企業が多い。
滅びてしまえ。

あと、この "〇〇のためだけに頑張る" っていうのが依存体質そのもの。

自分以外のものに存在意義を求めたら苦しいだけだ。)

 


 カウンセラーA氏に勧められた方法は、

"仮面をかぶる"

というものだった。

そのまんまの自分を前面に出して行くのが怖いなら、
"就活生の自分" を演じれば良い、という考え。

この "演じる" という手段は、
愛着障害の克服においては最悪のやり口だが、
目の前の就活という問題解決には有効だった。
 

『明るくにこやかスマイリー、
自分の将来・人生設計を真剣に考える!

説明会では質問することを意識し、
企業の戦略を有価証券報告書も読み込んできっちり分析。
就活塾にも通ってアドバイスをもらい、
ES対策、面接対策も万全だ。

ふとした縁で第一志望の会社の人ともご縁があった!
これは、運命まで、全てが自分の味方をしている!!』

 
就活生役を "演じる" のは楽だった。台本が決まっていたから。
そしてその企業に、お祈りされた。

こうして僕のカウンセリングも終わりを迎えた。


 理由は単純で、カウンセリングに行く必要がなくなったから。

この時は、カウセリング初期の対人不安や自己否定はほとんど見られなくなったし、
なんなら愛着障害も克服しちゃったよ!と勘違いしていた


しかしながら、今思うと、
躁状態というか、自分うまくできてる!と思い込むようにしていたんだろう。

それに、就職が決まれば、安定・充実した生活が待っている、
という期待も相まっているからこそ、活動的でいる状態をなんとか保てていたんだと思う。

 

(再掲載注: これは、双極性傾向の現れです。
だから、双極性障害も愛着障害・アダルトチルドレンを克服すれば解消されるわけです。)

 

 「気分が良くて、客観的にみてもやる気がある状態 (躁状態)」は、
症状が軽減されれば作り出すことは可能だ。

でもその根っこにある、心の闇は、腰を据えて自分と向き合わないと克服に向かわない。

 

次回「Part 4 何事もうまくいかなくなる
【Column 2 認知行動療法の本質】

 

 

コラム【愛着障害・アダルトチルドレン克服過程を、RPG に例えたら?】

 

小目次
1. ゲームの初期段階 ― カウンセラーに求められる3つの要素
① 不安を取り払い、安心をくれる "安全基地"
 (たとえ一時的でも)
② 克服に必要な "道具・アイテム" の使い方の伝授
③ 攻略ルートを知っているか?
2. ゲームをどう攻略するか? ― ラスボスは何?

 

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1. ゲームの初期段階 ― カウンセラーに求められる3つの要素

 

 ゲームスタートの段階では、装備もアイテムもない自分は、浦島太郎の亀のごとく "モンスター" に襲われていて、開始後すぐゲームオーバーになるループを繰り返しています。

 

 

 

この初期モンスターは、僕の場合は「対人不安」や「自己否定感」でした。

 

 


最初の無理ゲーのループを脱するには、どうしても外からの力が必要です。

 

僕の場合は、カウンセラーA氏でした。

 

この初期モンスターの撃退には、症状に応じてうつ病の薬や、精神疾患系の薬も有効に機能するでしょう。
 

 

 

では、この RPG における、主人公とカウンセラーの関係性とはなんでしょうか?

 

そこで、ゲーム攻略 (= 克服の過程) でカウンセラーに求められる3つの要素を考えてみます。

 

 

 

① 不安を取り払い、安心をくれる "安全基地" (たとえ一時的でも)

 

 愛着障害とは、精神的な安心感を与えてくれる"安全基地"がない状態、であると説明されます。

 

そのため、ゲーム攻略を目指す僕らにまず必要なものは、とにかく不安をなくしてくれる存在 = セーブポイントです。 
(この "安全基地" という概念が、愛着障害克服のキーワードです)

 

 

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② 克服に必要な "道具・アイテム" の使い方の伝授

ゲーム冒頭の不安こそカウンセラーが取り除いてくれますが、そこからは自力でゲームを進めていけなければ意味がないです。

 

 

 

ここでいう道具・アイテムとは例えば、認知行動療法 (認識の歪みを治すこと) や、生育歴・家族歴の確認 (自分や家族の過去を振り返ること) などです。

 

ゲームがどんどん進行していけば、その都度必要な道具・アイテムも変わります。

 

これらは、最初こそ手慣れないかんじに戸惑いますが、続ければ自然に使えるようになります。

 

僕はこの過程を、「技術」の獲得と読んでいます。
 

 

 

ここで注意しておきたいのが、「その道具、本当に必要なものですか?」ということ。

 

もし、愛着障害・アダルトチルドレンの克服の上で、ずーっと使い続けているのに、全然しっくりこないものがある、全く効果が上がらないという方法は、「ニセモノ」の可能性が高いです。

 

ゲームが進むほど、すなわち自分自身の理解が進むほど、新しい道具は即効性があり、すぐに変化を実感できます (僕の経験談)。

 

 

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③ 攻略ルートを知っているか?

愛着障害・アダルトチルドレン (Adult Children = AC) のカウセリングで最も重要なポイントです。

 

上記 1. や 2. は多くの臨床心理士さんができることですし、ストレスなどに起因するうつ病等の治療は、それで十分かもしれません。

 

しかし、僕らの苦しみは、「生まれながらの苦しみ」なのです。

 

その攻略には、愛着障害・AC の専門知識・経験が問われます。

 

僕の場合も、A氏はここを専門とする人ではありませんでした。

 

カウンセラーさんは自分の問題に適した人が良いです。

 

(AC カウンセラーは、数が少なすぎる・胡散臭い人多め・料金が高い [10,000 円]、という問題がありますがね)
(再掲載注: 僕が目指す究極の克服法は、1人だけで実践可能な克服法です。もし、自力で認知行動療法の技術を獲得できれば、それ以降はカウンセラーは必要ではありません。ただ、この時期はどんどん不安が強くなるので、その不安を一時的に解消したい、という目的なら専門外のカウンセリングでも通う意味があると思います。)

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2. ゲームをどう攻略するか? ― ラスボスは何?

 

ではゲームはどのように進んでいくのか?

 

 


主人公 (自分) はカウンセラーに案内されつつ、自分で "モンスター (= 症状・原因の両方)" と戦い、

 

謎を解いていきます (= 自分の心の闇を暴く)。

 

 

 

 その途上で、仲間を増やしつつ (= 制御不能だった感情や理性をコントロールできるようになる)、最後のボスへ向かいます。

 

さまざまな「症状」の克服はゲームの途中に過ぎません。

 

大事なことは、自分の身に起きていることの本当の実態はいかなるものか、その根本的原因は何なのか、を理解することです (ここもゴールではない)。

 

 


 そして、その先には「本当に自分が求めているものは、何か?」という状態に行き着きます。

 

その先に待つラスボスは、どれだけ丁寧な言葉・図表を尽くしても、この過程に真摯に、逃げずに、一切の嘘をつかずに乗り越えた人にしかわかりません。

 

 

――――その先に待つものとは?

 

 

(2018.10.14 Twitter より推敲・再掲載)

「26歳2度目の心療内科 ー 認知行動療法との出会い」

小目次

2-1. 人生初のカウンセリングを受ける


2-2. 当時の自分の理解 (生きづらい人の根本的悩みだと思います)

① 何を "治したいか"

② カウセリングに何を期待し、どうなりたかったのか?


2-3. カウンセラーA氏 ― 認知行動療法との出会い
【当時読んでいた本】

 

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(なお、この時の僕は、アダルトチルドレンという言葉すら知らない)
(再掲載注: Twitter 上ではわからなかったが、note で調べると、AC克服者の中には無意識に愛着障害も克服している人がいる。案外多い。何で見分けるか?それは、その人の "生き方がどう変わったか?" の言い方で、すぐわかる)

 

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2-1. 人生初のカウンセリングを受ける

 

(2017.06 ー 2018.03頃の話)

 

 岡田尊司氏の著書を読み、僕は人生初めてのカウンセリングを受けてみることにした。理由は、この本に "カウンセリングが良い"、みたいなことが書いてあったからだ。


 選んだクリニックは、都内に何箇所かあるところだった。そこは医師が複数いて、外来のうつ病治療をメインにしていた。今思えば、愛着障害とか、アダルトチルドレン専門を謳う場所を選ぶべきだったが、当時は知識もないし、金銭的余裕もなかったので、とにかく安いところを選んだ。
(そこの受診料は、医師の診療とカウンセリング (30分) 合わせて5000円位。まぁ手が届く範囲だった。)

 

 

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(再掲載に伴い大幅に加筆)

2-2. 当時の自分の理解

 

① 何を "治したいか"

A. 対人不安症 (自己診断)
 
・初対面の人と "仲を深める" ことがとても苦手 (自分のような人間と、この人は交流したいなどとは思うまい。)

・対照的に、コンビニの店員、居酒屋の接客に自分がお客として接することには問題ない。(大学時代は、アルバイトの接客業で、"問題なく" 仕事ができた。)

・大勢の人がいる場 (何かの集会、同期の集まり等) に、自分が参加・存在していることへの違和感・不信 (なんなら、自分がこの場から消滅したほうが、物事が進むとすら思っていた)

・対等な人間関係が苦手。同期などもってのほか。1年でもズレてくれた方が、立場が生まれるので楽。上司にしろ、部下にしろ、何にしろ。
 
 
B. 自己否定 (自己診断)
 
・何か、自分の周囲で不都合が生じた時に、まず第一の原因が自分にあると感じる

 ex 1. 上司の機嫌が悪いのは、何か自分がヘマをしたからであろう、いや、そうに違いない。
 ex 2. 自分が、彼女に振られるのは、人が全て離れて行くのは、全て自分が悪い

・こういった、他愛もないことから、心理的に重くのしかかることまで、とにかく「外的な要因」を発端として、自己否定が頭のなかでループする

→ 自己否定のループがひどい時は、週末にコンビニにご飯を買いに行くことすら、億劫で身体が動かない
 
 
 
C. 愛着障害 (自己診断)
 
・愛着障害というものは、よくわからないが、岡田氏の著書に載っている人たちと自分の症状がとても似ている。
 
きっと自分は、この愛着障害という、母子関係や家庭環境に起因する「病気」に違いない。だから、治したい。
 

 本に出てくる愛着障害の症状を簡単に説明すれば、人間関係が苦手、漠然とした不安がある、気分が憂鬱、などなど。
 
これらの原因が先天的な脳機能の異常ではなく、母子関係・家庭環境に原因があると考えるのが愛着障害という概念。
 

 (ただ、著書に出てくるような、家庭環境の大問題があるようにも思えない。
 
なぜならうちは、普通の家庭だから、もっと言えば、教育一家で、非行・ひきこもりも (今は) いない、"優れた" 家庭だから)
 
 
 

 こうして振り返ると、当時が如何に混乱し、追い詰められていたかがわかる。簡単に説明。


 まず、「症状」と「原因」が区別できていない。自分が今困っているのは、対人不安や自己否定であり、正体不明の愛着障害ではない。愛着障害とは、おそらく上の2つの症状の原因なのだ。だから、「症状」の緩和と、「原因」の解明・治療は、分けて考えて置くと良い。


 もう1つは、「自分は本当に愛着障害なのか?」という疑念があること。自分自身、愛着障害を患っていることをそんなに信じていないのだ。なぜか?それは、自分の過去を直視することができないから。この当たりは、克服記録の中で、どんどん明らかになっていく。

 

 

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② カウセリングに何を期待し、どうなりたかったのか?

 

A. カウンセラーと話すことで、どんどん良くなっていく。


・この時は、カウンセラーさんが驚異的話術を持っていて、カウンセラーとの対話を繰り返すだけで、みるみるうちに楽になるのかと思っていた 
(まじアホすぎる)

 

B. この病気が直った先には、「きっと人と別け隔てなく接せられて、自己否定もしないで、なんなら自己肯定を自然にできるような自分がいるに違いない。」と思っていた。

そして、事の発端となった女性とも付き合えるし、1年後に控えた就職活動も楽勝だぜ、とまで期待した。
(……もはや、コメントしたくない)

 

 

 さて、これらの「期待」の問題点は何か?

 

1つは、「完全に他力本願」。

この期に及んで、人から何かすごい力を与えられる、と思ってしまっている。でも、そうゆう性質を持った苦しみだから仕方ない。


 もう1つ、これが根本的に、「あらゆる生きづらさ」の克服を阻害しているのだが、「その先の自分の姿」に対するイメージが全く出てこないこと。


なぜか?それは、愛着障害・アダルトチルドレンとは、「未来の自分を考えることができない」病だから。

 

 

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2-3. カウンセラーA氏 ― 認知行動療法との出会い

 

(Twitter 投稿に戻る)

 

とにかく、何もかもカオスな状態で、初のカウンセリングに望む。

 

カウンセラーさん (A氏, 女性, 40代と思しき) は、物腰柔らかだった。

 

愛着障害の "自己診断" で、「恐れ・回避型」だった僕としては、少し甘えやすい感じがよかった。

 

カウンセリングの流れとしては、現在の悩みを聞きつつ、家族歴・生育歴を診ていった。

 

 

 

愛着障害という概念の良いところは、自分の辛さの原因について、自分一人で完結させるのではなく、家族や生育環境などの他の要素に目を向けさせることだと思う (実際この辺に問題がある)。

 

これらの苦しみを知らない人は「甘え、責任逃れ」などと責めるかもしれないが、苦しみの只中にいる当事者にとって、そういった逃げ場所があることが、重要なのだ。

 

それが例え、過去の自分・家庭環境を責める、他責的なものだとしても。

 

 

 

 簡単に、悩みの解決へのアプローチを書く。


 カウンセラーA氏が取った治療法は、「認知行動療法」だった。この方法では、"何が不安なのか、何が自分を否定するのか" を、患者本人に考えさせることで回復に導く。

 

ex. 対人不安
「人に会うのが不安」
→ "どう不安?"

「嫌われる気がする」
→ "相手はそんな悪い人?"

「そんなことはないが自分は嫌われる」
→ "つまり、そう思い込んでいるってことだよね?"

 

 最初は、「(他人は) 気のせいだ、とは言うけど、(自分は) そう思うんだから、仕方ないじゃん」と抵抗があるが、回を重ねると「なるほど、"頭" でそう考えちゃうからいけないんだな」と冷静に受け取れるようになっていく。


今思うと、ここも掘り下げが足りなかったが、不安・否定が頭の中でループするのは止まった (根本的に不安が消えたわけではない)。

 

 

 

 一方、家族歴・生育歴


 愛着障害 (後に知った、アダルトチルドレン) 克服は、ここが最重要の課題なのだが、そのクリニックではあまり重視されなかった。


 ただ、A氏と話す中で、自分でも忘れてた部分が思い出されていった。

"夫婦・兄同士の仲は冷えてたな"

"家では、一人でゲームするかテレビ見てる時間長かったな"

"(僕は、歯医者でおえっ、となってしまう嘔吐反射が強いのだが) 歯医者でうまく口を開けられなかった時、帰ってきたら母親にブチ切れられてたな"

などが出てきた。

 

 とはいえ、1年間のカウンセリングの中で、「そうはいっても、大学出れるくらいまともに育ててもらったし、親には "感謝" している」という認識は変わらなかった。


(この辺りの認識が最近変わった。何が変わった?それは、「感謝」の意味も分からず、親には感謝しなくてはいけない、と思わされていたのだ。)

 

(再掲載時に思ったこと: 「とはいえ」「そうはいっても」否定から入りがち)

 

 

こうして、この春 (2018年3月) 辺りまでカウンセリングが続いた。

 


 その頃、自分の大学院修了の論文を書き上げたり、就活を始めたり等で、自分の周囲の状況が "ポジティブ" になりつつあった。

 

カウンセリングの効果もあってか、前のネガティブな感覚も薄れ、「俺いけんじゃね?」という根拠のない肯定感も出始めていた

(今思うと、この状態が危険だった。端的に言えば、躁状態でした。)

 

 

 

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【当時参考にしていた書籍 (あくまで、知識の補完程度です)】
岡田尊司著 「愛着障害の克服」「母という病」「生きるのが面倒くさい人
根本橘夫著「『自分には価値がない』の心理学

 

 

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次回「Part 3 克服したかと思ったが


【Column 1 愛着障害・アダルトチルドレン克服過程を、RPG に例えたら?】

(2018.10.08 愛着障害・アダルトチルドレン克服用 Twitter アカウントの開設)
(2018.10.12 Twitter より推敲・再掲載)

 

 

「辛いことへの気付き ー 愛着障害との出会い」

小目次

1-1. 前置き


1-2. 高校卒業から大学進学 ― 自己診断の精神疾患


1-3. 初めて心療内科を訪ねる


1-4. 恋愛、はじめました ― 愛着障害との出会い

 

 

 

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1-1. 前置き


 愛着障害と、アダルトチルドレンの区別が付き、「何が問題か」の理解が進んだ現在の自分から、「辛いことの気づき」から「愛着障害との出会い」までを振り返ってみる。


 何かわからないけど辛い、苦しいことに苦しい、という人の悩みの参考になれば幸い。

 

(再掲載注: この記録の執筆を始めた時は、ほぼ絶望に到達していた。よくここから、生還できたと思う)

 

 

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1-2. 高校卒業から大学進学 ― 自己診断の精神疾患



 辛さに気づいたのは東大進学後の18-19歳。発端は、「人付き合いが怖い」、「新しい環境に馴染めない」という漠然とした、しかし拭い去れない不安だった。

 

考えてみれば当然で、高校までのムラ社会では、「強制的に与えらた環境 (家族・クラス・部活等)」に適応できれば生存できた。

 

もちろん思い返せば、仲間の輪に自ら入っていく力は皆無だったのだが、幸運にも「僕みたいなダメなやつ」とフラットに接してくれる変人 (= 神様みたいな人) と運良く巡り会えた。

 

その人を起点とすることで、僕はクラス・部活などに曲がりなりにも所属できていた。そんな掛替えのない友人と高校を卒業して離れてしまえば、孤立が待っているのは必然だった。

 

 


 辛いと感じた僕がした行動は、ネットで「対人関係 怖い」「友達 作れない」などの言葉の検索。

 

そこには、「発達障害」、「境界性パーソナリティ障害」、「うつ」 などの言葉が溢れていて、色んなチェックリストで軒並み高得点を叩き出す "優秀" な自分がいた。


 しかし、こうゆう "診断" に一瞬は救われるけど、すぐに「今、自分が辛いのは、対人関係の努力が足りないからで、病気に逃げるのは甘えに過ぎない」と考えるようになった。

 

こういった自己否定の気持ちは、中学・高校の頃から癖としてあったが、辛さを感じてからは激烈に強まった。

 

 

 

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1-3. 初めて心療内科を訪ねる

 

僕が限界に達したのは、たしか23歳頃だった。 

 

その時はもう、生きていること自体が辛すぎた。

 (生命を脅かす現実的に切迫した何かがあったわけではなかった。ただ、精神がもう、持たなかった)。

 

僕は人生で初めて心療内科に行った。

 

おそらく、自分が「うつ」 で「発達障害」で 「精神疾患」を抱えていると思ったから

 

 


 精神疾患を専門としている心療内科の医師ならば、きっと僕を救う素晴らしい治療を施してくれる!と期待した。

 

その治療を期待した僕は、生まれてこの方、なぜか生きづらい、他人の目が気になる、、、医師に自分の苦しさを淡々と伝えた。


 返ってきた言葉は「んー...そうゆうのは、薬では治らないから、うまく付き合っていくしかないですね」

 

 


 その心療内科には、二度といかなかった。

 

 

 

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1-4. 恋愛、はじめました ― 愛着障害との出会い

 

 

 暗い話ばかりも嫌なので、華のある話も触れてみたい。

 

僕みたいな人間でも、一応彼女ができた時期もあったりした。

 

そうゆう時は「僕の人生、ピークきた!」かと思うのだが、1-2ヶ月ですぐ終わる。

 

 なぜか、人がすぐ、離れていく。

 

だから、いまだ、童貞だ。

 

その、理想と現実の落差にさらに苦しんだりした (こう考えると、彼女ができた瞬間がピークなのは、正しい)。

 

 

 

 

 

 そんな折に、「この人に好かれたい!」という人に出会う。26歳の春だった。やっぱり、人生の歯車が動き出すきっかけは、恋だ

 

 

 

 

 

 とはいえ、その相手はみんなから好かれる明るい人 (僕のような人にもフラットに接してくれる、女神かと思った)。

 

 一方、自分は、コミュ障、うつまがい、発達障害まがいで、人生が詰んでた。

 

それでもなんとかこの病を治したい、という一心で、ひたすらネットで調べた

(結局ネット頼りなのが社会性の貧弱さを示していて、寂しい)。

 

 

 

 

 そこで僕の目に飛び込んできた本があった。

 

岡田尊司著「愛着障害の克服」 (amazon Kindle 842円)

 

 

(画像転載許諾は note の方では頂いています。「岡田尊司『愛着障害の克服』/光文社新書」)
(リンクはありません。各自検索願う)

 

 

 すぐに amazon で購入して読み通し、自分の苦しみの原因はこれだ! と気づいた。

 

この時点での認識・理解は、今と比べるとかなり稚拙だし、新しく知った概念 = "真実" とすぐに飛びついてしまうのは、こういった心が困っている人の、かなり悪い癖だ。

 

でも、この時の判断は、正しかった。

 

 

次回「Part 2 26歳 2度目の心療内科

 

 

はじめまして、酵母マンと申します。

 


スペックは、1990年生まれ、男性 (童貞) です (寒い地方出身、現在都内)。


お仕事は、東大院卒/博士(農学)、次、未定。

 

基本は note というプラットフォームをメインでやってます。間口を広めるためにアメブロも開設しました。

 

 

 

 そもそも、なぜ僕がこのような活動を始めたかと言えば、

 

「生まれてこの方ず―――っと引きずっていた、生きづらさ」の、生の情報を集めて、自分のために用いたい。

 

そのためには、まずは自分自身の経験を広めて、同じ境遇の人同士が知恵を出し合うのが良い、と考えたからです。

 

 

 

 僕が悩んでいたのは、あえて「診断名」をつけるならば、「愛着障害」と「アダルトチルドレン」でした。

 

そして、"でした" という過去形が示すとおり、僕はこれらの"病気"を完全に克服し、『乗り越える』ことに成功しました

(嘘だと思われる方、まずは読んでみてください)。

 

 

 

 

 そしてこの方法は、あらゆる「心の病」に共通すると確信しています。

 

さらにいえば、既にこのシステムが、論理に基づいて動いていることの証明に成功しましたから、もはや自明です。

 

それはなぜか?求めてるものは、結局みんな同じだからです。

 

 なるべく多くの方に参考にしていただきたい、すばやく、広範囲にこの情報が届いてほしい、という願いのもと、全て無料で見れるかたちを取りました。

 

まぁ読んでも損するわけではないんですから………騙されたと思って試してみてください笑。

 

 

(正直に言えば、お金もらえたら嬉しいですが、それ以上に、克服に無茶苦茶金かかって腹立ってるので、医師・カウンセラー・宗教セラピー・克服まがい本などの儲けてるやつらへのアンチテーゼも込めて無料公開です)

 

 

 

 

 

 最後に、実際、まじで、ガチで克服すると、「何が自分の身に起こるのか?」。

 

 

 


 端的に言えば、「真理への到達」です。

 (ぼくは敬愛の意味を込めて、真理(しんり) さんとか、真理 (まり) ちゃん、と呼んでいます)。

 

 


 ………引かないでください。

このページ閉じるの、ちょっと待ってください。

 

別に人間を超越して神になった、とかそうゆう話ではなくて、漫画家の荒木飛呂彦先生とか、エヴァンゲリオンの庵野秀明監督の世界観に至った、といえば、まだ人間の枠に収まってるとご納得いただけると思います。
(それはそれで、やばい、というのは、また別な議論です)

 

 

追記:

 

note を見て面白いと思ったのは、やっぱり人それぞれ克服の過程が全く違うこと。

 

そして共通するのは、いわば "自分の人生という軸" を手に入れた、ということ。

 

この軸の無さがあらゆる苦しみを生むし、この "自分軸を手に入れた" という状態が一番生きやすい

 

なぜなら、周りの生きやすそうな人は "無自覚に" 自分軸を持っているから。

 

僕の場合は、この "新たな軸を生み出す" という概念を、生きづらさの克服だけでなく、医学、生物学、物理学、政治学……と、どんどん当てはめてみると、なんでもそうやって動いていることに気づいてしまった。

 

これが、僕の言ってる真理さん笑です。

 

 

 ただ一言添えれば、ここに至る過程は、いわばこれまでの自分の人生を厳格に追い詰めて、諦めた時は自死も辞さない覚悟で「完全」に無に帰すことで、新たな姿に変わるようなものです。

 

その先の姿は、過去の自分からは想像できないほど生きる力が湧く、それとともに、その先に何が待っていて「しまうのか」もありありとイメージできる。

 

ジョジョで言うところの、ジョースターの血統に組み込まれるが故に、新たに大きな宿命を追うようなものです 

(ジョジョという作品が存在することで伝えやすい、荒木先生感謝します)。

 

苦しみ彷徨い続けるか、自分を脱皮して、違う姿になるか、それは読まれているあなた自身が決めることです、それでいい。