筋トレをした翌日に筋肉痛がくると、
「効いてる!」 「ちゃんと筋肉を使えた!」 「昨日のトレーニングは意味があった!」
と嬉しくなる人は多いと思います。
でも、私は以前から少し不思議に感じています。
なぜ「痛み」が、トレーニングの成果として扱われるのでしょうか。
世界トップレベルで活躍するアスリートたちは、トレーニングについてさまざまなことを語っています。
身体の使い方、動作の再現性、出力、スピード、疲労、回復、コンディション。
しかし、
「今日は筋肉痛になったから、いいトレーニングができた」
と、筋肉痛そのものを成果として語る場面は、ほとんど見かけません。
それは当然だと思います。
アスリートにとって大切なのは、筋肉が痛くなったかどうかではなく、
身体がどう変わったのか。
動きが良くなったのか。
同じ動作を、より少ない力でできるようになったのか。
出力が上がったのか。
疲れにくくなったのか。
そして最終的に、競技のパフォーマンスにつながったのか。
そこだからです。
筋肉痛は、あくまで身体に普段とは違う刺激や負荷が加わったときに起こる反応の一つです。
筋肉痛があるから効果がある。
筋肉痛がないから効果がない。
そんな単純なものではありません。
むしろ同じ運動を続けて身体が適応してくれば、きちんと筋肉を使っていても筋肉痛は起こりにくくなっていきます。
それでも一般のトレーニングでは、
「筋肉痛=効いた証拠」
という感覚がかなり根強くあります。
なぜなのか。
おそらく、筋肉痛は「努力したことが分かりやすい」からだと思います。
身体の使い方が良くなった。
無駄な力が抜けた。
動作が滑らかになった。
こうした変化は、すぐには数字にも痛みにも表れません。
一方、筋肉痛は分かりやすい。
昨日やったことが、翌日の身体に残っている。
だから、
頑張った。 ↓ 身体が痛い。 ↓ 効いた。 ↓ 成果が出ている。
という、とても分かりやすい物語が成立します。
でも、本当に身体にとって大切なのは、そこなのでしょうか。
身体に強い負荷をかけたことを成果とするのか。
それとも、
今までより楽に立てる。
今までより軽く歩ける。
余計な力を使わずに動ける。
長く動いても疲れにくい。
そうした変化を成果とするのか。
私は後者のほうが、身体を見るうえではずっと重要だと考えています。
「痛くなったから効いた」ではなく、
「身体がどう変わったのか」。
トレーニングを見るときも、運動を見るときも、この視点を持つだけで身体に対する考え方はかなり変わってくると思います。
身体に負荷をかけた実感を求めるのか。
それとも、より少ない力で、より自由に動ける身体を目指すのか。
この違いは、単なるトレーニング方法の違いではありません。
身体をどう捉えるかという、身体観そのものの違いだと思います。