昨年の9月以来のブログです📝
地区役員も3月末で終わり
4月にあったお花見も断り
一息ついてホッとしています。
やりたくなかったけど
どうせやるならダイヤミングしようと言うことで
小さなチャレンジをしてきたこの一年で
何か変化はあったか?と言うと。
「小さな大丈夫が増えた」です。
まず私は「相談する」「困っているから助けて欲しい」と言うことが出来ませんでした。
母に何でもひとりで出来るようになりなさい
世の中は悪い人だらけで騙そうとしてくる
他人はあてにならない、この世で頼れるのは自分だけ
と言われてきました。
でも子供だからわからないことだらけだし
母に頼りたい、甘えたいってあるのに
突き放され、母から見て失敗だと怒られて
機嫌が悪いと理不尽な対応をされる。
こんな感じできたので
相談したら
何も考えてない!と怒られる思い込みがあり
相談のハードルが高かったのです。
でも、今回の地区役員は
本当に何もわからないので
聞くしかない👂わからない、困ってると言うしかない。
ダイヤミングなんだから、とやってみて、、、
全然大丈夫だった
ひとりで考えているより全然物事が進みました。
ひとりで抱えなくていいから
心労が減り身軽になり、一緒に活動している人に感謝の気持ちもうまれました。
様々な行事があるので細々とやることがあり
それが小さなチャレンジになった結果「小さな大丈夫が増えた」という結果になりました。
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もう一つ気づいたことがあります。
一緒に活動するのは主に8人だったのですが、私以外の7人は地元の人。
祖父母から父母、子、孫など代々そこに住んでいる人達。その人達と接してみて、別世界にいるような感覚になりました。
大雑把に言うとみんな親切で良い人で
世代を超えた交流があって、和気あいあいとした雰囲気の中で助け合って生きている。
プダイヤ?もしくはダイヤと言う感じです。
比べて自分を見ると
代々受け継がれている非ダイヤ要素にまみれていて
大きな隔たりというか別世界に生きているんだなと思いました。
和気あいあいとした雰囲気
協力し合う、助け合う。親切な人達。
私の人生に馴染みのない世界観でした。
終わってみて世界観の違いや
彼らから醸し出される
まわりへの圧倒的な安心感、信頼感のようなものにショックを受けている自分がいました。
こんなに安心して生きている人達がいるのか、、、
私と全然違う、、、
人と関わることに常に脅えて
心配して不安で身構えて、ガチガチに緊張して
お腹痛くなったり眠れなくなったり不調を抱えて。
何なんだよ、、、。
人間関係の土台が育まれて
経験値を積んだり、別に経験値を積まなくても
そこで安心して存在していられる人生。
よくよく思い出してみると
私は母と心の交流というか、感情のやり取り
話し合う、相談する、甘える、そう言ったことが殆ど思い出せません。
未熟な親に育てられた
過去の出来事を振り返ってみると
あまりに理不尽で悲しくて寂しい。
なのに私は今生きているし、命はあるんだし
もっと酷い虐待されている子もいるんだからって
どこかで「親のしたこと、自分がされた酷いことを軽視していた」と気づきました。
母と心の交流ができず、誰も私に寄り添ってくれなかった。誰にも頼れない、助けてくれなかった、求めた手も振り払われた。
これ以上傷つかないために誰にも本音は言わないようにして、話さない、近づきすぎず自分を守ってきました。
自己防衛で心は閉ざしたけど寂しさは消えず
寂しさを紛らわすため、受け止めて欲しくて誰かに期待するけど、こちらを利用する悪い人に依存してしまった過去。不幸なループでした。
母に寄り添ってもらって成長するはずだった心。
世界への安心感、信頼感、失敗しても間違えても再チャレンジできる心の強さ。
寄り添ってもらえてたら、、、
私の人生も違ってたんだろうなぁ、、、
なんて思ったけどしょうがない。
ナリ心理学の母親講座を受講して、母が未熟で子供に酷いことをしていたのは自覚しているはずだったのに、自分自身がそれを軽視していたこと。
子供の頃に寄り添ってもらいたかった満たされなかった気持ちが癒えるように、自分の過去に寄り添う時間をとりたいということ。
それが今わたしが一番大切にしたいことです。
