小さな頃から、母から受容された記憶がない。
常に怒鳴られ、馬鹿にされ続けた記憶しかない。
本当に、ただの一度も、優しくされた記憶がないのだ。
だから、母に感謝したことも、一度もない。
40歳を目前にした今の年齢ですら、そのことを恥ずかしいと思っている。私だって、母に感謝していると、今までは何もできなかったけどこれからは親孝行するんだと言ってみたかった。
でも、本当にないんだ。
母への感謝の気持ちが。
少しも。ひとつも。
幼少期から、いちばん身近な母が理解出来なくて、様々な書籍を読んでいた。ある程度の年齢になると、アルバイトやボランティアなど、意識的に沢山の人に会うようにしてきた。意識的に沢山の男たちと恋愛もしてきた。沢山沢山、意識的にサンプリングしてきたのだ。人を。
どれだけ沢山の人に出会ってきても、母を理解する助けにはならなかった。
私はずっと「お前はおかしい」と言われて育ってきている。ということは、母は正常なわけで、世の中はは母に似た性質の人が多いに違いない。沢山の「母のような人」に出会えば、私は対処方法を学べるのではないか。私は本気でそう考えていた。
結果。
母のように、理解出来ない生き物には出会わなかった。
どの人も、確かに私とは違った考え方、価値観、物の見方をしていたけど、言葉を交わして理解し合うことが可能だった。中には理解に苦しむこともあったけど、ちょっと距離を置いて俯瞰で見て見れば、考え方の道筋は理解出来た。
他人は優しかった。
私のことを好きだと、可愛いと、綺麗だと、君がいちばん大事だと言ってくれた。同性の女の子たちも、あなたは頭がいい、懐が深い、話していて楽しいと言ってくれた。
最初は信じられなかった。
頭がおかしいと、実の母から言われ続けている私に、本気で言っているの?
そうやって、他者との出会いを繰り返していくうちに、母への理解出来なさは、純粋な憎しみに変わっていった。
いつも大声で、目立ちたがり屋で、見栄っ張りで、誰が話していていても、自分の話にすりかえる、おかあさん。
友達の家に招待されたら、その家の間取りや、夜ご飯のおかずに何が出されたかを、思い出せないよと言っても許してくれなかったおかあさん。
ただの一回も、お小遣い日と決めた日に、お小遣いをくれなかったおかあさん。
お腹が痛いと言っても、病院行っておきなさいよ~と言ってダンスレッスンに出かけていくおかあさん。
洗濯されたシャツも靴下もない状態にしていた、専業主婦のおかあさん。
おかあさん。
これが私のおかあさん。