第103話 瀧廉太郎の友人、と…1 | 言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

言世と一昌の夢幻問答_尋常小学唱歌と早春賦の秘密

故郷・朧月夜・早春賦…名作唱歌をつくった最重要人物がついに証言
…もし吉丸一昌に会えたなら、こんな感じの会話かな、と考えてつづっていきます。
すべて事実に基づくフィクションです。
唱歌や童謡に関するWEBサイトにある俗説や間違いも正していきます。

崎山言世 …… 大町青雲高校3年生。文芸部所属。曽祖母が東京音楽学校出身。1998-
吉丸一昌 …… 東京音楽学校教授。<早春賦>作詞。『尋常小学唱歌』編纂委員会歌詞主任。1873-1916。
 
言世「吉丸先生、去年から気になっていた音楽劇がまた東京で上演されるんですよ。好評につき再再演ということで……」
一昌「何という劇だ」
言世「『瀧廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』」
一昌「なに? もう一回?」
言世「たきれんたろうのゆうじん、とちじんとそのほかのもろもろ。読点も入れると27文字ですね」
一昌「なかなか思わせぶりな表題じゃないか。変なところで読点を打つなあ、それで?」
言世「この劇、2014年が初演で、2015年に再演、それで2016年10月に再再演。静かな人気って感じなんです。赤坂の草月ホールってところで上演されるんですが、今度こそ新幹線で見に行こうか、いや、やっぱりやめとこうかな、って悩んじゃってるんですよ」
一昌「悩んでいるうちが愉しいもんだ。瀧クンの友人って誰のことだ」
言世「インターネット上のPRを読みますと、岡野貞一さんのことですね。剽軽な岡野さんとクールな瀧さん凡庸な音楽教員と天才音楽家、なんだかワクワクしちゃいますよね」
一昌「そうか……瀧クンと岡野クンとがね……」
言世「おかしいんですか?」
一昌「年齢で言えば、瀧クンが1歳下、学齢で2学年下だけれども、音楽学校では岡野クンが2学年下だったはずだ」
言世「瀧廉太郎さんってやっぱり早熟だったんですね」
一昌「しかし……友人だったかな?……ホントに親しいといえば1学年下の鈴木毅一クンだろう。鈴木クンも瀧クンより2歳年上だ」
言世「鈴木毅一って誰ですか?」
一昌「ああ、わたしの同僚だ」
言世「えっつ」
一昌「明治39年と40年、東京府立第三中学校で私が国語教諭、鈴木クンが嘱託の音楽教員だった」
言世「瀧廉太郎さんのことを話したんですか?」
一昌「んー、古いことで忘れたな……ああ、あれは明治34年、鈴木クンは瀧クンと一緒に『幼稚園唱歌』という唱歌集をつくった」
言世「岡野さんは?」
一昌「んー、岡野クンは目立たない男だからな」
言世「そうなの」

一昌「それより音楽劇のあらすじをちょっと聞かせなさい」
言世「舞台は明治34年7月のドイツ。官費留学中の瀧廉太郎のアパートに岡野貞一が訪ねてくる。岡野は、瀧に作曲を依頼をしにきた文部省の役人の通訳として渡欧してきていた。同じアパートに住む幸田幸と幸の世話をしているフクが岡野の相手をしていると、瀧廉太郎が帰ってくる。久しぶりの再会を喜ぶ岡野に対し、素っ気ない瀧。親友と想う瀧の態度に戸惑う岡野。東京音楽学校の同窓生、幸田幸も交えて語られる瀧の真実とは……」
一昌「瀧クンは不治の病に冒されていた。励ます岡野クン。冷たい文部省。2人が友情を取り戻して作った歌が、あの尋常小学唱歌に……っていうのか」
言世「先生、やめてください、先回りしないで下さい」
一昌「まったくの創作なんだろう。あの世の岡野クンは憤慨してるだろうな。島崎さんに申し訳が立たない、もうやめてくれ、都合のいいようにオレを使うのは、とな」
言世「……」
一昌「実際の岡野クンは海外に出ていない。だが、それは承知の上で、もしも……だったらの創作劇をつくったんだろう。それを、あの世の私がとやかく評するのは不適切だ」
言世「そう言わないで、すこしは愉しくコメントして下さい、夢幻問答なんですから。問答が終わっちゃっていいんですか」

一昌「んーそれで……だれだ、脚本は」
言世「若手の脚本家・演出家で、登米裕一っていうかたですね。とよね・ゆういちさん、1980年生まれ? なんでも、幻の劇団キリンバズウカを主宰されてるとか……」
一昌「いかにも若い……若い。一言でいうと無邪気、いや軽はずみじゃないか」
言世「軽はずみ、ですか。そりゃちょっと言いすぎじゃないですか」
一昌「尋常小学唱歌というものを少しは勉強したのか」
言世「〈故郷〉とか〈朧月夜〉とか名作唱歌が、実は、滝廉太郎と岡野貞一の作曲だったんじゃないか、というオチなんですけど、どうでしょう」
一昌「創作だから、夢があっていいじゃないか。その方がみんな喜ぶんだろう」
言世「先生それ、本心ですか?」
一昌「ばかもん。批判しようものなら無粋だと逆に非難されるじゃないか」
言世「……」

一昌「あのなあ、実際に渡欧して瀧クンの面倒をみたのは島崎赤太郎クンだ。尋常小学唱歌の曲を主任として作ったのも島崎赤太郎クンだ。そういう動かぬ史実があるのに、なぜ岡野クンがでてくるんだ
言世「……」
一昌「島崎クンを差し置いて、岡野クンが瀧クンと歌曲を論議したり、尋常小学唱歌のあり方を方向付けたり……そんなことは岡野クンの性格的にムリだ」
言世「吉丸先生が断言できるんですか」
一昌「なにをいまさら。私は、島崎クンも岡野クンもよく知っている。岡野クンの再婚を世話したのはこの私だぞ、見くびってもらっては困る
言世「すみません、疑ったりして」
一昌「仮に瀧クンが元気で生きていたとしても、彼には尋常小学唱歌は編纂できなかっただろう」
言世「どういうことですか、それ」
一昌「あの唱歌教壇の神様とまで言われた田村虎蔵と闘うだけの気概が、瀧クンにあると思うか。闘うだけの知恵があると思うか
言世「……」
一昌「だいたい瀧クンと岡野クンが友人関係にあったという事実でもあるのか」
言世「それは……創作劇だから許されるんじゃないでしょうか」
一昌「許すも許さないもそれは論点にすらならない」
(つづく)
※事実に基づくフィクションです。