『イタリア異界物語 ドロミーティ山地 暮らしと伝説』 | 手当たり次第の本棚

『イタリア異界物語 ドロミーティ山地 暮らしと伝説』

ケルトというと、いまだにイギリス諸島を思い浮かべる人が多そうなのだけれど、実はヨーロッパの非常に広い範囲に広がっていた民族だそうだ。
もちろん、ひとくちにケルトといってもまとまりのあるものではないのだろうが、たとえばアルプスのあたりにも分布していたと言われている。
本書はまさしく、アルプスのイタリア側、ドロミーティ山地(ドロミテ山地。有名なスキー場などがあるところ)に伝わる民話を集めたものだ。
ちなみに、この地域、イタリアの民話を集大成したカルヴィーノが、「あそこはイタリアじゃないからスルー」と言って省いた地域なのだそうだ。
イタリア的ではない、文化圏として別のとこ、という認識だったわけだね。
実際、この地域はすぐお隣がチロルだし、鉱脈を求めてドイツ側から多数の鉱夫が移住してきた土地でもあるという事が、解説されている。

前から、イタリアの妖精譚とはどんなものかと興味が深かった私にとって、カルヴィーノの『イタリア民話集』は面白くはあるが、妖精譚がほとんど含まれていないことが不満だった。
その不満を解消してくれたのが本書だ。
確かに、非常にケルト的な部分もある。たとえば、イギリス諸島のケルト的妖怪と共通するものもある。黒犬などがそうだ。
また、多数言い伝えがあるという夜の騎行、そもそもヨーロッパじゅうにある言い伝えだという事だが、ドロミーティに到来する夜の騎行は、ドイツの方からやってくるらしい。
また、アーサー王伝説ですら、この地に及んでいるのだ。

しかし、そっくりそのままイギリス諸島やドイツの妖精譚と同じわけはない。
やはりそこには、どこかイタリア的な要素も入っているように思う。
小人の王ラウリンが支配する薔薇の園は、イギリスの妖精界のような薄暗さはない。
また、その園に咲き乱れる深紅の薔薇は、戦いで死んだ戦士たちの魂だという話があるそうで、これらの戦士はいずれ蘇る暗示もある。
オーディンが支配するヴァルハラと基本的なコンセプトは同じでも、イメージがだいぶ違うよなあ。

また、美しい高山の花々が咲き乱れる地のためだろうか、花にまつわる民話が大変に多い。
カワウソの娘と恋に落ちた羊飼いの物語は、悲恋であり、魔法の眠りもからむケルト的要素の強いものだと思うんだけど、そこには最初から最後まで、わすれな草が群れ咲いている。

一方、山間の王国にまつわる物語などは、ケルト的、イタリア的などというより、むしろアルプス的というような、ユニークかつ美しいものだと思う。
山を支配する石の民の女王と人間の恋物語なども人間の数え方で二世代にわたるもので、興味深い。

また、この民話集は単に民話のみを集めたというより、それぞれの背景に触れた、著者のアルプス紀行文があるところも面白い。
採話した地の状況などがわかるのだが、ここらへんは『遠野物語』に通じる面白さがある。
そういえば、この地ではカワウソが人間になったり人間がカワウソになったり、あるいは魔王がカワウソに変身したり、カワウソ自身が変幻的な力をもって人間とかかわったりする話がけっこうあるのだそうだ。
著者は日本の、狐や狸の話と簡単に比較していたが、日本でも地方によっては、狐や狸と同様の機能をカワウソが持っている地域がある。
別にだからといって、日本とこの地にむすびつきがあるわけではないだろうけど、カワウソという獣が人間と関わりやすい(たとえば、生活圏が重なっているなど)というところもあるのだろう。

また、南イタリアの妖精とこの地の妖精を紀行文の中で比較しているところもいくつかある。
そうそう、やはりイタリアにも独自の名前をもった妖精はいっぱいいるわけだよ。
直接紹介されているわけではないが、そこらへんも楽しく読める部分だ。


イタリア異界物語―ドロミーティ山地 暮らしと伝説/増山 暁子
2006年2月12日初版