『移動都市』〈移動都市1〉 | 手当たり次第の本棚

『移動都市』〈移動都市1〉


都市がそっくり移動する……!
というと、訳者あとがきにもあるように、ちょっと年忌の入ったSFファンならすぐにあれを思い浮かべるだろう。
ブリッシュの宇宙都市。
あれだ!

なにもかもみな懐かしい。
じゃなくて、とっさに、「二番煎じじゃないんだ……よ、な?」とうろんなものを見る目になってしまいそうだ。
そこで、ざっと復習するなら、宇宙都市(オーキー)シリーズは、スピンディジーという凄いエンジンの発明があり、これを都市のまわりに設置する事で、都市ごと宇宙へ出て行けるようになった。
このため、地球で食い詰めた都市が次々に宇宙へ出ていくというのがオープニングだ。
主役となるのは、(あの!)ニューヨーク!
宇宙へ飛び出したニューヨーク、そしてその他の都市は、あちこちで請負仕事をしつつ移動していくが……という冒険物語になるわけだ。
冒険そのものも面白いけれど、なによりまず、都市が宇宙へ飛び出すというところが魅力だったんだよな。

さて、ではこちらのシリーズはどうだろうか。
千年以上も前に行われた60分戦争で世界の文明は一度全滅した。
地球の地形も大幅に変わってしまった。
海はかなり干上がってしまっているらしい。
その交配した大地を、都市が走るのだ。
キャタピラでね。

そして、これらの都市は、あたかも野獣のように(?)、強いものが齢ものを「喰い」、つぶしあいながら生きている。
主役となるのは、ロンドン。
もちろん、大きくて強い都市だが、今や移動都市の時代も衰退の時を迎え、年々、「獲物」が少なくなってきていた。
そこで、新たな「狩り場」を求め、60戦争の異物である怖ろしいあるものを手に入れた現市長は、とんでもない計画を実行に移す。
無謀とも思える計画だけれど、稼働できるまでに調整した古代の遺物があれば、それも成功するかに思われた。
但し、さすがに60分戦争の遺物。それは文字通り、大量に人を殺傷する結果をもたらす、とんでもないものなのだった!

この危機をはばむのが、ロンドンで最下級の史学士見習いをつとめていた少年と、史学士ギルドの長をかたきと狙う、顔の半分が傷でひきつれた少女という組み合わせだ。
ギルドの中では低い身分とはいえ、保証された地位をもって大きな都市でぬくぬくと暮らしていた少年と、復讐のに身をささげ、長い間荒野で生き抜いてきた少女ファイター。
追われ、命を狙われながら、奴隷に売られそうになったり、海賊の仲間にされそうになったり、移動都市群と敵対する静止派のエージェントと出会ったり。
まさしく、波瀾万丈!

しかも、少年少女が主人公であるからには、当然、人間としての成長ドラマもからんでいるわけで、興味深いことに、ここに登場するふたりとも、子供の頃から自分が目標としてきた事を「達成する」のではなく、「乗り越え、克服する」事で、成長するのだ。
凄いブレイクスルーだ。

交配した世界で、都市が動き、食い合うという週末的かつ幻想的な世界で、これほどのドラマが展開されるのだから、魅力的でないはずがない。


移動都市 (創元SF文庫)/フィリップ・リーヴ
2006年9月29日初版