「チャイナ・レイク」〈エヴァン・ディレイニー1〉 | 手当たり次第の本棚

「チャイナ・レイク」〈エヴァン・ディレイニー1〉


狂信者というものは、実におそろしい。
なぜかといえば、狂信者は、自分だけが正しいという事が前提なので、自分たち「以外」のものは、滅ぼさずにすまないからだ。
いわゆる折伏などの形をとっているうちは良い。
究極にいきつくと、それは人を殺す事にいきつく。
かつて、それは、戦争という形をとった。
あるいは、弾圧に対する叛乱という形になった。
前世紀には、一部、集団自殺という結論に至ったグループもあるが、その後はテロという手段がより多く選ばれるようになった。
日本人にとって最もわかりやすい実例が、オウム真理教による地下鉄サリン事件だろう。

本作は、まさしくそのようなカルト集団によるテロを背景にしている。
舞台はカリフォルニアだが、大都市ではなく、サンタバーバラ及びそこから少々離れたところにある基地の町チャイナ・レイク。
海軍軍人の家庭に育ったヒロイン、エヴァン・ディレイニーには、F-18のパイロットである兄、その息子で小学1年生になるルークという家族、下半身に障害があり、車椅子生活をしている新進弁護士ジェシーという恋人がある。
エヴァン本人は弁護士死角を持っているが、本職はSF作家、それだけでは食べていけないため、法律関係の請負仕事もしているという状態だ。

ところが、兄の元妻であるタヴィサがサンタバーバラに戻ってきたところから、話が始まる。
元妻タヴィサは、レムナントというカルト教団に入信していて、なぜかその教団は、異常なほどルークに執着しているというのだ。
この教団は、じきに世界が週末を「迎えなければならない(!)」と信じており、神の手助けをしなくてはならないと考えている……つまり、その週末を、自分たちの手でもたらそうとしているわけだ。
自分たちは選ばれた民なので、オッケー。
自分たち以外のものは滅びてしまえ。
ちなみに、かの国のカルトにはしばしばある事らしいのだが、キリスト教原理主義に、人種差別と身障者差別、男尊女卑などが絡んでおり、実にクサい。
そして、これまた古今東西のカルトにはありがちの話のようなのだが、この集団は、指導者によって実に恣意的に牛耳られている。

さて、神ならぬ人間が「週末」をもたらすためには、相応の武器が必要だけれど、名にしおうアメリカ軍の他、合衆国には州軍なんてものもあり、なまじっかな武装では、そんな事の実現はできないのだ。
だからこそ、彼らはとんでもない「武器」をその手に握ろうとしているわけ。

彼ら、レムナントがどのような武器をどのように使おうとしているのか、という筋立てに絡んで、いったいなにゆえ、エヴァンの甥ルークに執着するのかというのが、大きなミステリイだ。
しかも、それだけでは飽きたらず、なんとレムナントの指導者であった、教祖ピーター牧師が、エヴァンの兄ブライアンの留守宅で殺害されてしまい、ブライアンが殺人犯として拘置されてしまう。
しかも、その死には、どうもおかしな点がいろいろあるのだ。

謎が謎を呼ぶこの仕掛けだけでも、わくわくしてしまうが、この複雑な設定が、サンタバーバラ~チャイナ・レイクという土地柄に、うまく溶けこんでいるのが素晴らしい。
日本人にとってメジャーな栃ではないと思われるこの舞台だけれど、作者の筆は、決してくどくなることなしに、双つの町や、その間に広がるいささか荒れた土地の様子を目に浮かぶように描いている。

主人公が、決してスーパーウーマンではないものの、実にガッツのある女性だという点も、今の(あちらの)流行にぴったりはまっているというところか?
個人的には、男より強いスーパーウーマンなんかじゃないというところが、良い。
うんうん、ガッツは凄くある。でもそんだけ。
彼女の書いている『リチウム・サンセット』というSFシリーズの、断片的な内容や、得ている収入、知名度、ファン層などからすると、の本でいえば、ライトノベル作家くらいに該当するだろうか。
兄とだって何かあれば衝突するし、恋人とだってそりがあわない事もあり、喧嘩しちゃう。
大好きな友達もいれば、お互いの間にちょっとした過去のある高校時代の友達も出てくるし、警察とうまくいかないのは定番の役回りとはいえ、だからといって警察を出し抜く事もできないみたいだ。
まあ、要するに、彼女はガッツこそあるけれど、けっこう普通の人間だという事だ。
また、だからこそ、こんな異常な事件に巻き込まれたショックというのが、新鮮に描かれているのかもしれない。

とはいえ、よほどこの作品がヒットしたのか、エヴァン・ディレイニーものは、このあと4作出されているもよう。
他のも読んでみたいね。


チャイナ・レイク (ハヤカワ・ミステリ文庫)/メグ・ガーディナー
2009年11月15日初版
アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)受賞