『失われし一族 (上下) 』〈ヴァルデマールの風2〉 | 手当たり次第の本棚

『失われし一族 (上下) 』〈ヴァルデマールの風2〉




前巻のラストで、血のあとを残したまま消え失せたモーンライズ。
しかし、仇敵がそんな簡単に滅ぼされるわけはないので、当然、こいつはちゃんと存命しているのだ!
しかも、手負いの獣状態なので、彼が考える事といえば、
鷹の兄弟が憎い、
他所者のヴァルデマール人(なかんずくエルスペス)が憎い、
鷲獅子が憎い!
今は自分の方がダメージを受けていて、すぐさま攻撃に出る事ができないだけに、やつあたりしまくり。
部下はいい迷惑だ。

一方、星の刃と暗き風は、仲直りしたとはいっても、星の刃は深く傷付いたままであり、いぜんとして、一族の弱点である事にかわりはない。
それだけでなく、要石は、ますます、異常なふるまいをするようになってくる。
ほんとは、ただの鉱物のはずなのに、あたかも生きているかのような、不気味な行動をとっているのだ。
もはや暗き風や一族の魔術師だけではどうにもならないという時、暗き風のメッセージこたえて、隣の一族から、凄い達人、炎の歌がやってくる。
これがなかなかのトラブルメーカーなのだけど、暗き風とエルスペスの両方を導いて、ごくごく短期間のうちに、正真正銘の〈達人〉に育ててしまう。
自身も、実に型破りな、天才なのだ。

あまりにも凄い天才ぶりで、そこらへんが鼻持ちならないのだが、その彼をすら顔色なからしめる、魔剣「もとめ」や、鷲獅子などなど、次から次へと、いろいろな魔法的存在が登場し、息をつく暇もない。
もちろん、魔法的存在は味方ばかりではなく、変化獣など、必ずしもモーンライズの手下ではないものも含め、さまざまなモンスターも、敵として登場する。
味方側にいる不思議な生き物、タルヘシやダイヘリと同様、敵として出現するものも、マーセデス・ラッキー独自のオリジナルモンスターばかりだ。
味方に鷲獅子がいるように、敵方にはバシリスクがいるくらいか。既成のものがあるというと。

このように、基幹となるストーリーを見ると、なかなか血湧き肉躍るものに見える。
ところが、実際に読んでみると、いまひとつ、そうは見えない。
……なぜか?

それは、登場人物たちの心情が、これらの冒険によって踊る以上に、恋と嫉妬に踊ってしまっているからだろう。

前巻の記事で、本シリーズは珍しくも、若い男女のカップルが主人公だと書いた。
そのためか、脇役にもたくさんのカップルが存在する。
スキッフとナイアラもそうだし、
シン=エイ=インの祈祷師トレ=ヴァレンも、女神の使いとなってしまった暁の炎に恋いこがれている。

彼らの魔法的かつファンタジイ的な属性を切り落としてみれば、
能力にも美貌にも恵まれた複数の男女が、恋したり失恋したり嫉妬したりしあうというエピソードが重なり合っており、なんだか、「トレンディドラマ」のようだ……!
基幹となる物語の周囲に織りなされるロマンスも、
実にプラトニックな、トレ=ヴァレンと暁の炎、
さまざまな挫折感とコンプレックスの塊でありながら、次第に強くなって、惹かれあう、スキッフとナイアラ、
王道のラブコメを演じているかのようなエルスペスと暗き炎には、炎の歌が加わる事で、みょ~な三角関係が出来上がり、
さらに、これら若者たちのカップルをとりまいて、円熟した夫婦を代表する鷲獅子のトレイヴァンとハイドナ、
傷付くも周囲の愛情に支えられる星の刃とケスラなど、
大人のカップルにも事欠かないのだ。
しかも、全てを辛辣に見守る「もとめ」がいるんだから、この人間関係だけそっくり引き写せば、簡単に、その手のドラマが1本撮れるはずだ!(笑)

もうほんとに、主人公二人の心情が、とくに下巻に入ると、「そればっかり」になってしまい、背景となってしまった根幹のストーリーの妙が、薄れてしまっているのが残念。


失われし一族 (上) <ヴァルデマールの風 第二部> (創元推理文庫)/マーセデス・ラッキー
失われし一族 (下) <ヴァルデマールの風 第二部> (創元推理文庫)/マーセデス・ラッキー
2006年1月31日初版