『魔教の黙示 (3) 』 戦争と結婚 | 手当たり次第の本棚

『魔教の黙示 (3) 』 戦争と結婚

例によって、本シリーズは原書の1冊を平均5分冊しているため、本巻では、冒頭でリチャードの近況が少し語られ、あとはもっぱら、秩序団との戦争という話になる。
ストーリーとしてはちとアンバランスになってしまっているが……分冊だから仕方ないのだろうな。

さて、戦争です( ‥)/
リチャードと違って、きっちり、幼少時から「帝王教育」を受けたカーランが、ヴァーナとゼッドに合流。
彼女の指揮のもと、かつてのエイビニシア-ケルトン戦を大幅に上回る、「戦争」が始まるのであった。
ていうか、この世界におけるベトナム戦争になるのだ。
100万はいようかというジャガンの軍勢に対して、精鋭とはいえ、ダーラ帝国軍はあまりにも寡勢。
そして、戦場はダーラ帝国内。
というわけでの、ゲリラ戦であります。

もちろん、ゲリラ戦というのは、情け容赦のないものなのだけど、それを率いるカーランが、ほんとにもー、情け容赦ないのだよねえ。
戦争は決してきれい事ではないぞ!
という事がストレートに描かれているのは、好感が持てるかな。
いや、もちろん、戦争賛美ってわけではないよ。
ただ、戦争を、平和な国に住む我々の倫理観と視点で「きれい事」に描くのは、やっぱリアリティに欠けるでしょう。
その点、容赦なく描いているところは、面白いと思うわけだ。

しかし、その「キタナい戦争」になる前提には、この世界に、貴族階級はあっても、騎士階級はない、という部分も大きく影響していると思う。
つまりね、この世界には、「騎士道」とか「武士道」にあたるものは存在しない。
ゆえに、この世界の軍人には、そういった、特殊なモラルがないのだ。
そういや、ダーラ軍も、ジャガン軍も、文化レヴェルのわりに、近代的な軍隊に近いイメージがあるようだ。
それは、こういった、「戦士階級と名誉」というものが存在しないからなんだろうなあ。

であるにも関わらず、実は、本作の訳文で、これらの軍隊の階級が、いまひとつ曖昧かつしっくりきていない気がする。
たとえば、本巻では、ある将軍が、いきなり、中尉に降格されるのだ。
まあ、それは、絶対にあり得ない事ではないかもしれないが、それでも、彼は自軍そのものを率いている事にかわりはないのな。
明らかに、中尉が率いる事のできる領域を、それは超えている。
また、今のところ、佐官が登場しない。

これは、おそらく、文章中に登場する階級名を、漫然と現代の軍隊に準じて訳してしまっているせいではないかと考える。
しかし、現代の軍の階級名は、いちおう、近代的な軍になる前にも使われていたものが含まれるわけだな。
たとえば、lieutenant という階級名。
確かに、現在では、尉官のあてはめられるわけなのだが……。
帆船小説ファンならおなじみのこの言葉、ホーンブロワーなどでは海尉、という新たな訳語をあてられております。
なぜかというと、当時の lietenant が、現在の少尉-中尉-大尉 というようなものとは、ちょっと使われ方が違うようなんだね。
もちっとフレキシブルというか、曖昧。
艦長以外の艦内の士官はみんな liutenant で、先任順に一等二等三等……。
当然、乗艦が変わったり、人が異動したり亡くなったりすると、その順位もかわってしまう。

で、さらに、このlieutenant ですが、本来、上官の代理をつとめる者、副官、という意味があるそうだ。

するとね、「将軍から中尉に格下げに」というより、「将軍から副将に格下げに」という方が、物語の中ではしっくり来るような気がするんだよねえ。
いや、残念ながら本巻の原書が手元にないので、ここでの「中尉」が liutenant になっているかは、推測なんだけど(汗)。

本シリーズの訳文には、おおむね違和感は感じないのだが、軍隊関係だけ、以上、気になるものがあるのであった(笑)。


テリー グッドカインド, Terry Goodkind, 佐田 千織
魔教の黙示〈3〉戦争と結婚―「真実の剣」シリーズ第6部
ハヤカワ文庫FT
2006年10月30日初版