『女王の矢』下巻 〈ヴァルデマール王国年代記1〉 | 手当たり次第の本棚

『女王の矢』下巻 〈ヴァルデマール王国年代記1〉

女王の矢2 『女王の矢』、そのものについて、もう少し述べよう。
そもそも、タイトルの女王の矢とは、ヴァルデマール王国の女王(または、世代によっては王)が放つ矢のように、四方へ走る使者(ヘラルド)の異名なのだそうだ。

実際、国中で、あるいは国外においても、使者は女王の名代として困難な使命をやり遂げる事を期待されている。
また、そのさなかに命を落とす確率も、かなり高いようだ。

なかでも、女王側近は、神馬の中でも特別な神馬によって選ばれるもので、
なにものかに導かれるかのように、年齢性別に関係なく、君主に、タイムリーに、適切な助言のできる存在、なのだそうだ。
もちろん、それができるためには、特別な(心理魔法的)能力も必要なのだろう。

タリアの場合、同時代の女王は、すでに成人であり、それなりの経験を積んでいるのだけれど、それでも、13歳という幼さながら、タリアもまた不思議と女王セレネー(創元版の表記ではセレネイ)に、そのものズバリのタイミングでふさわしい助言ができる存在となってゆくのだ。
そして、それは、タリアのもつ、希有な「共感能力」が役立っている事も、下巻に入るとわかってくる。

もうひとつ楽しいのは、陰謀により、とんでもない暴君に育てられてしまった、王位継承者エルスペス(そう、〈ヴァルデマールの風〉の主人公、あのエルスペス!)を、タリアがどのようにして、しつけなおしていくか、という話だ。
そうそう、エルスペスがタリアにさせられた「約束」も、もちろん登場する。
とんでもない嫌われ者の”暴君”であったエルスペスが、徐々に、いたいけな少女にかわっていくさまが、なんともいえず可愛らしい。
そして、実は、このエルスペス子供時代を読んでいると、『失われし一族』でのエルスペスの心の動きが、より深みをまして感じられるのだ(笑)。

また、下巻そのものは、いじめられて育ったタリアが、だんだんと使者候補生仲間や使者たちに心をひらき、まさしく「花開いていく」過程を描いていて、タリアにとってつらいこともいくつもあるとはいえ、心温まる物語となっているのが良い。


『女王の矢』下巻 〈ヴァルデマール王国年代記1〉 M・ラッキー作/笠井道子訳
社会思想社 教養文庫A&F