『ジャガーになった男』 鎖国寸前に日本を飛び出した男 | 手当たり次第の本棚

『ジャガーになった男』 鎖国寸前に日本を飛び出した男

本作は佐藤賢一のデビュー作であるそうだ。
なるほど、そう思って読むと、確かに、後の『傭兵ピエール』を思わせるところもあれば、『カエサルを撃て』を思わせるところもある。

つきつめて言うと、佐藤賢一は、
「英雄を、ナサケナイ男に魅せる」
作家なのだ。

もちろん、ナサケナイというのは、非情であるという意味ではない。
一代の英雄を、
女に弱い、女を不幸にする、
ダメな男として描く。

だが、それが不思議と魅力的なのは、なぜだろう?
たとえば本作でも、ミゲル・トラキチ・サイトウ・デル・ハポンこと、斉藤小兵太寅吉は、
まず日本を出る時に婚約者を捨て、
夢を抱いて渡ったイスパニアでも、一人の女を狂わせ、
ペルーでも、また、ある女を不幸にする。

そう、確かに、何人もの女を不幸にしてしまう。
そうなのだけれど、実はそれって、あくまでも、男の眼から見ての話だと思うのだ。
もっと限定すると、主人公が、そう、自責の念に駆られるのだ。
(描写されている女性を冷静に見れば、不幸なようで、いや、事実不幸なのだが、男が想像するより、それらの女達はずっとしたたかに生きているようだ)。

実は、このように、ほんとうはしたたかな(またはしたたかに生きようとしている)女を、
「不幸にしてしまった」
そう感じて、なお、幸福にする事ができないと自覚するナイーヴさが、佐藤賢一の描く「英雄」の魅力なのではないかと思う。

本作は、そのような図式が、非常にわかりやすい形で描かれている佳作だ。


佐藤 賢一
ジャガーになった男
新潮文庫
第6回小説すばる新人賞受賞(但し大幅加筆)