暗い話で長文が続きますが申し訳ありません。
ぺた、コメント、ブログアップできなかったのは、
タイトル通り、彼氏さんのおとうさま、今は結婚したことになっているので義父、が亡くなったからです。
5月10日のあたりから「意識のあるうちに、会わせたい人がいるなら会わせてあげてください」という状態になってしまい、方々へ連絡。そして、短いお付き合いであるにも関わらず、義父には大変可愛がっていただいていたことを義母からお聞きし。
万が一危篤の時、義父の最期に立ち会えないのは、今まで義母と一緒に看病をお手伝いさせていただいた身としては納得がいかないと思い、パートを退職いたしました。
5月11日には彼氏さんと私を含めて親族が集まり、義父と話をしたり、看病をしたり。
しかし、その翌日の早朝4時半。容態が悪化。病院から呼び出しがあり、義母を連れて病院へ。
緊急時に使うお薬を何種類か使って、そのうちに義父の意識がなくなり、泊まり込みで看病。
私には泊まりは難しいから、という彼氏さんの配慮をいただき、昼間の看病をさせていただくことになりました。
そして、泊まり込みの看病が始まって二日目の朝。
私が泊まり込みの交代をしに行くと、病室が少しざわついていました。
本当に本当に最期の瞬間が、まさに訪れようとしているところに間に合って、彼氏さんの代わりに、看取らせていただくことができました。
肺がんからくる、肺炎による死でした。
4月の頭に入院してからは、ほぼ毎日、義母と病院へ行ってお世話をさせていただいた私。
まだ嫁でもないうちから、長男の嫁だと看護師に自慢してくれた義父。
体調が悪い義母のことを頼むと言ってくれた義父。
病院から戻ってきて、告別式までの一切を長男である彼氏さんとともに私にも協力させてくれた義母。
なのに「あんたにばかり気を遣わせてごめんね」と言ってくれた義母。
あまり交流はなかったのに。病院に入院してからのお付き合いのほうが多かったのに。
義父の存在は私の中で大きく偉大になっていました。
一周忌が終わるまでは少しバタバタが続きます。
義母もうちに来て、同居を始めました。
義父が生きているうちに、お世話をして、大変だったけど、嫌な時もあったけど、
今ではそうしてお世話をさせていただけて、心からよかったと感じます。
義父とたくさん話をして、思い出を作って、それを義母と話せることが嬉しい。
おとうさん、ありがとう。
長文失礼いたしました。