「‘どうしても許せない’と思う人を

 私は 受け入れなければならないのでしょうか?」

                    ( 講演会での参加者様の言葉 )



先日の山口市での講演会で

最後に、

色彩学校で学んだ色彩セラピー虹のワークを

皆さんに体験していただきました。

うまく関係を築くことができない人を、どのように受け入れるか

その第一歩として、自分の「感情の傾向」をつかむというもの。

人それぞれ、生きてきた人生、経験、環境が違う分 

感情の傾向も様々です。

喜怒哀楽、痛みの感じ方もみんな違います。

だから‘共感’を得るのは難しいし

‘伝えたことと、伝わったこと’は同じではない。

自分が思うとおりのことを、他人も思っているとは限らない。

そのギャップを埋めようとする前の、まずは自分を知るためのワークでした。



ワークを終えて、あるお一人の参加者の方がポツリ。。。

「私は、どうしても許せない人を、受け入れないといけないのでしょうか。

…受け入れないといけないのでしょうね。。でも出来ないかもしれないです。」

受け入れるべきか

受け入れざるべきか

受け入れられるようになることが、良いことであるとも、私は思いません。

だけど、私たちが経験するあらゆる出会いには必ず意味があるから

その人にとって必要なものであることは確かです。



受け入れること

受け入れないこと

もしそのどちらかを、あなたが選択した場合

自分の選んだ答えに自信を持ち、揺るがないなら、

それはどちらの答えであっても 正解になると思います。



問題に対する答えは

最初から決まっているわけではなくて

自分で作っていくものだともいえます。

あらかじめ、「正しい答え」というものがあって、それを選ぶのではなく

選択した自分を裏切らず、出した答えに責任を持つこと。

正解は、自分自身の手の中にあります。



学校教育が教えてくれたことは、「正しい答え」を正しく選ぶことでした。

そうでなければ劣等感を味わい、ダメ人間のレッテルを貼られてきました。

それに慣れてしまっている私たちは

人生にも「正解」と「不正解」があると思い込んでいます。

正解を選ばなければ、傷つくし悲しい気持ちになる経験をしてきたからです。

多くの人は、

そんな気持ちを味わわないようにするための自己防衛本能ばかり

敏感にさせてきたのではないでしょうか。

正解を選ばなくてはと、選択する前からストレスを積み重ねています。

・・・でも、はたしてそうでしょうか。

人生は学校のテストとは違います。



「~ねばならない」という思いよりも

「~でありたい」という思いを、大切に磨いていきませんか?



そうすれば、今よりももっと輝いて生きられるのではないかと思います。