ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

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考える力・伝える力を育てる国語教室 ことのは学舎 の教室から、授業の様子、日々考えたこと、感じたことなどをつづっていきます。読んで下さる保護者の方に、お子様の国語力向上の助けとなる情報をご提供できたらと思っております。

 今日(26日)の朝日歌壇に、わたしの歌が入選していた。

 高野公彦氏選第1席である。

 

俣野氏の歌に叱られ熱量を上げて反戦デモに加わる

 

 高野公彦氏が【評】に書いている通り、この歌は4月5日の亀岡市の俣野右内さんの歌「熱量の少ない国になって来ぬ学生運動もデモも少なく」高野公彦氏選第9席、佐佐木幸綱氏選第3席)に応えた歌である。

 この歌を読んで、わたしは机に向かってブログを書いたり歌を詠んだりしているだけの自分の熱量の少なさを大いに反省し、すぐに「デモカレンダー」で参加できそうなデモを探した。

 そうして参加したのが、このブログでも採り上げた4月19日国会議事堂前デモである。

 主催者発表によると3万6千人が参加した、大規模デモであった。

 桜田門の駅からすでにプラカードを持った熱量の高い人にあふれていた。

 デモの様子は以前のブログに書いた通りである。

 

 今日の朝日新聞「声」欄「今こそ平和を願い路上で訴え」という投書が掲載されていた。

 投稿者は滋賀県の75歳の鈴木強さんである。

 こんな内容である。

 

 自宅の郵便ポストに「平和のためのスタンディング」の案内チラシが入っていた。

 見知らぬ人ばかりの場にひとりで行くのはためらわれたが、国会周辺で数万人の人たちが「戦争反対」の声を上げたという記事を新聞で読み、スタンディングに参加した。

 現場では40人くらいの人がプラカードを掲げて立っており、車から手を振ってくれる人もいて励まされた。

 今後もスタンディングに参加したい。

 

 俣野右内さんの歌はわたしの尻を叩いてデモに行かせた。

 国会議事堂前デモが、滋賀県の鈴木強さんの背中を押した。

 こうして少しずつでもデモの輪が広がっていくと考えると、希望が湧いてくる。

 希望を持って行動する人がいる限り、民主主義は死なない。

 

 俣野右内さんの歌がわたしを動かしたように、わたしの歌やブログが、そして鈴木強さんの投書がどこかの誰かに届き、

声を上げ行動するきっかけになれば嬉しい。

 

日本を優しく強く、

すべての国を平和で豊かに。

 

 

 24日(金)の朝日小学生新聞天声こども語の話題は、「ユニバーサルデザインシート」であった。

 筆者は稲垣えみ子氏である。

 こんな内容である。(100字要約)

 

電車の中で珍しい座席を見つけた。前後の幅が短く座面が高い。お年寄りや赤ちゃんを抱いた人のために開発された、座るのも立つのも楽なユニバーサルデザインシートである。試しに座ってみると予想外に楽だった。
 

 わたしはこの座席をまだ電車内では見たことはないが、同様のものを地下鉄の駅で見たことがある。

 副都心線の西早稲田駅にあった。

 座面の高さは70cmくらいだったように思う。

 通常の駅のベンチよりかなり高い。

 お尻を乗せる部分の奥行きは15cmくらいで、きちんと座るには短い。

 座るというより、お尻を預けて寄りかかる感じである。

 透明なアクリル製で曲線的な洒落たデザインであった。

 ほとんど膝を曲げる必要がないため、天声こども語にも書かれている通り、立ったり座ったりが楽である。

 しっかりと腰を落ち着けて座るものではないが、少しの間寄りかかって足を休めるにはちょうど良い。

 地下鉄は数分おきに来るため長時間座る必要はなく、通常のベンチより使い勝手が良い。

 ベンチは座るものと思い込んでいたが、座りにくい方がよい場合があるというのは目からウロコである。

 

 わたしは普段電車を利用せずに生活しているので、電車内のものはまだ見たことがない。

 稲垣えみ子氏が見たものは、車両の端っこに三つ並んでいたそうである。

 今度電車に乗る機会があったら探してみようと思う。

 相鉄線の車両にあるらしい。東武東上線にも相互乗り入れしているので、運が良ければ出会えそうである。

 座り心地など、このブログで報告したい。

 

 

 

 

 

 

 23日(木)の朝日小学生新聞1面は、「ふるさとの味を給食で」という記事であった。
 今の小中学校の給食で、各地域ならではの「ご当地を味わう給食」が人気だという。
 「その地域でとれた食材や昔から伝わる料理」として各地の小学校の給食のメニューを紹介している。
 特に大きく採り上げられているのは、富山県射水市ベニズワイガニ給食である。
 射水市では小学6年生を対象に年に一度、市の特産品の一つであるベニズワイガニがひとり1匹ずつ丸ごと給食に出される。
 ふるさとの味を知ってほしいと地元の漁業協同組合が発案し、2003年から始まったという。
 掲載されている写真を見ると、お盆から脚がはみ出すほど大きな立派なズワイガニが、通常の給食に並んでいる。
 うらやましい!
 わたしも射水市に生まれたかった。
 もし今わたしが小学生だったら、越境入学して射水市の小学校に通っていただろう。

 わたしは小学生時代を三重県で過ごした。
 しかし、給食にはイセエビサザエ松阪牛も出なかった。
 ごく普通のカレーやコッペパンを、十分に美味しいと思って食べていた。
 そんな時代である。
 それでも、今思えば贅沢なメニューもあった。
 牛乳は、地元鈴鹿山脈の麓の牧場で作られた「鈴鹿牛乳」であった。
 今のような紙パックではなく、に入っていた。
 当時はそれが普通であり、なんとも思っていなかったが、絶対においしかったに違いない。
 クジラ肉の竜田揚げもよく出た。
 これは大好きであった。
 小学校卒業以来口にしていないが今でもよく覚えており、食べたいと思う。

 記事では、長野県塩尻市「キムタクごはん」(いためたキムチとたくあん入りのごはん)、香川県高松市「あんもち雑煮」(甘いあんもちの入った白みそのお雑煮)、岩手県奥州市「芋の子汁」(サトイモを中心に地場産の野菜を煮込んだ汁)などが写真付きで紹介されている。
 どれもおいしそうである。
 長野市では「ソルガムいりジビエキーマカレー」が出されるという。
 農作物被害対策で駆除されたシカ肉を使っているという。
 「ソルガム」というのは地元でとれる穀物だそうだ。スーパーフードとして最近注目されているが、わたしは食べたことがない。
 長野市越境入学したい。
 5年生まで長野市の学校に通い、6年生から射水市に転校しようか。
 塩尻市高松市奥州市の学校にも通いたい。
 旅芸人の子どもとして、日本各地の小学校に1か月くらいずつ通うのが理想である。

 最近、物価高の影響で給食が質素になっているという話を耳にする。
 子どもたちには、おいしいものを十分に食べさせてあげたいものである。
 9兆円軍事費の半分でも給食費に回せないものか。
 そんな政策を実現する首相がいたら、絶対にわたしは支持する。
 ミサイルや戦闘機よりも子どもたちの給食にお金をかける国のほうが、豊かな国だと思う。
 

 今日(25日)の朝日新聞社説の上段は、「情報強化法案 監視強化への懸念残る」というテーマであった。
 政府のインテリジェンス(情報収集・分析)機能の強化のために「国家情報会議」「国家情報局」を新設する関連法案が衆議院本会議で可決された。
 社説は、「情報機能の強化を名目にした市民の権利の侵害は古今東西で起きている」として、「国民の思想の自由、プライバシーの侵害への懸念が残されたままだ」と記している。
 高市早苗首相が内閣委員会で「政府の政策に反対するデモや集会に参加していることのみを理由に、普通の市民が調査対象になることは想定しがたい」と述べたことについて、「「調査しない」と言ったわけではなく、含みを持たせたとの受け止めもあろう」と記す。

 高市首相の発言は確かに、「含みを持たせた」ものである。
 「政府の政策に反対するデモや集会に参加していることのみを」「のみ」に、その含みがある。
 「のみ」でない場合は、調査対象になり得るのである。

 デモ主催者は、「参加していることのみ」ではないから、調査対象となるであろう。
 デモ参加者の多くは、プラカードを掲げて反戦憲法改定反対などの主張や政府批判高市首相批判を行なっている。
 プラカードには激しく高市首相を攻撃するものもある。
 高市首相似顔絵を描いたものも多く見られたが、どれも本人が見たら不愉快になるものばかりである。
 デモに参加していること「のみ」ならず、プラカード政権批判を行ったという理由で調査対象となり得るであろう。
 

 19日(日)の国会議事堂前デモでは戦争反対政権批判コールが行われ、多くの参加者が声を合わせて唱和していた。
 コールの内容には「高市やめろ!」「高市レイシスト!」など、高市首相を激しく批判するものも多かった。
 コールに声を揃えていた人々は、デモに参加していること「のみ」ならず、政権批判コールを行ったという理由で調査対象になり得るであろう。
 

 デモの会場での行動だけではない。
 デモの参加者には、ブログ政権批判を行っている人や、全国紙の歌壇政権批判短歌を投稿している人もいる。
 デモに参加していること「のみ」ではないから、調査対象となり得るであろう。

 デモに参加している人たちはみな、なんらかの政権批判を行っている。
 デモに参加していること「のみ」でない理由は、いくらでもつけられるのである。
 情報収集の対象としてその思想を政府に調査される恐れは、大いにある。

 政府の情報収集能力の強化は、朝日新聞社説や多くの国民が懸念しているように、プライバシー思想の自由侵害につながる危険をはらんでいる。
 「スパイ防止法」とともに、かつての治安維持法のようなものになるのではないか、という恐れがある。

 治安維持法があった戦前と現在とでは、情報収集能力が全然違う。
 今は、デモの参加者を写真や動画で記録して、AIによって個人を特定することなど簡単にできてしまう。
 すべての日本国民はマイナンバーカードを作成するときに顔写真を国家に提出している。
 デモの参加者はそのプラカードコールで表明した思想とともに政府のデータベースに記録されることとなる。

 わたしは以前のブログで、デモに行くときは鳴り物とプラカードを持っていくとよい、という趣旨のことを書いた。
 大事なものが抜けていた。
 デモに必ず持っていかなければならないもの、それは、サングラスマスク、である。
 知らないうちに政府のデータベースに危険人物として登録されないために、これからデモに参加する人は、是非とも持っていくべきである。

 わたしは自分の名前を出して全国紙に投稿している。
 このブログも、個人が特定できる状態で発信している。
 (ブログを読んで実際に、直接お手紙を下さったり会いに来て下さった人もいる。幸い皆、善良な方ばかりである)
 今さらサングラスマスクで顔を隠してもしょうがない。隠すつもりもない。
 自分の名前で正々堂々と政権批判ができる世の中が続くことを願っている。
 

 ほぼ日の連載、「バブー&とのまりこの「パリこれ!」」で、「ブタにジャムをやる(Donner de la confiture aux cochons)」というフランスのことわざを紹介していた。

 「価値のわからない相手に大切なものを渡しても、もったいないだけだ」という意味である。

 つまり、日本のことわざの「猫に小判」「豚に真珠」と同じである。

 「馬の耳に念仏」というのも、これに近い。

 

 この「○○に△△」という場合の△△には、価値の高いものが入る。

 「小判」「真珠」は、納得できる。

 「念仏」も、人々を極楽浄土に導いてくれるありがたい言葉である。納得である。

 フランスではブタに与える△△が、「ジャム」である。

 いかにも美食の国らしくて面白い。

 とのまりこさんは、

 

中世のフランスでは砂糖自体がとても貴重で、果物を煮詰めて保存するジャムは手間もかかる贅沢な高級品だったとか。庶民がそう簡単に口にできるものではなかったので、「ジャム」が選ばれ、使われるようになったそうです。

 

と説明している。

 

 日本では「豚に真珠」が広く知られているが、これはもともと聖書にある言葉だそうである。

 したがって、普及したのはキリスト教の伝来以降であり、かなり新しいことわざである。

 『日本国語大辞典』(日国)では、このことわざの初出例に国木田独歩「園遊会」という小説を挙げている。

 そもそも、日本の古い文献には「豚」はほとんど見られない。

 外国の物語では、「三匹のこぶた」「逃げろ!パンケーキ」などブタが登場する話は珍しくない。

 日本の物語の初出例は、「日国」によると「伊曾保物語」である。これは「イソップ物語」の翻案である。

 

 古来日本では現在のブタイノシシと同じ物と考えており、「猪」ブタが含まれていたらしい。

 「猪」は「ゐ」あるいは「しし」と呼ばれ、古くは「日本書紀」「赤き猪(ゐ)この山に在り」という記述がみられる。

 和歌では「後拾遺集」巻14・恋四・821に「題知らず 和泉式部」として「かるもかき臥す猪(ゐ)の床の寝(い)を休みさこそ寝ざらめかからずもがな」という歌がある。

 初二句は「寝」に冠する序詞である。

 この歌に関して、兼好法師「徒然草」「和歌こそなほをかしきものなれ。(略)恐ろしき猪(ゐのしし)も、「臥す猪の床」といへばやさしくなりぬ」と記している。

 

 ブタが日本の文学作品に登場する早い例としては、雑排「宝舟」「あの人は後(うしろ)で美人前で豚」という句がある。

 この句は、「日国」「③ふとっている人・醜い女などをあざけっていう語」の用例に挙げている。

 ブタは風情に欠け、文芸向きの動物ではないようである。

 

 「猪」は、俳句の世界では秋の季語とされる。

 講談社「カラー図説日本大歳時記」は、「秋になると人里にでて田畑を荒すので秋の季語とされ、猪垣をつくり、猪罠を掛け、猪番を置いてその害を防ぐ」と解説している。

 例句には、

 

山畑の芋ほるあとに臥す猪(ゐ)かな  其角

猪の寝に行くかたや明けの月      去来

 

を挙げている。

 いずれも「後拾遺集」和泉式部の歌の「臥す猪の床」を念頭に置いたものであろう。

 

 近代の句では、

 

猪の出ることを静かに話しをり     後藤夜半

 

という句を挙げている。

 最近は、「出ること」がもっぱら話題になるのはよりもである。

 ただし、の出ることは「静かに話しをり」では済まない。大騒ぎ、である。

 

 フランスのことわざについて書き始めたのだが、気が付いたら話が横道に逸れて、全然関係のないことを書いていた。

 どうでもいいことをあれこれと考えて寄り道ばかりするのは、いつもの癖である。

 日本文学における、は、もうちょっと調べてみたいテーマである。

 何か発見があったら、またこのブログに書こうと思う。

 書かないかもしれない。 

 

 20日(月)の朝日小学生新聞の1面は、「魚の「さけ」を「しゃけ」と言うのはなぜ?」という、小学2年生の質問であった。

 専門家が小学生の疑問に答える、「疑問解決なるほどね!」というコーナーである。

 この疑問は、わたしも気になったことがあったが、調べもせず深く考えもせずそのままになっていたので、興味を持って読んだ。

 

 国立国語研究所教授朝日祥之さんが、質問に答えている。

 その理由は、言いやすい音に変化した、ということである。

 「さ」よりも「しゃ」のほうが、口の作りからして発音しやすいということらしい。

 「ゃ」「ゅ」「ょ」という拗音はやわらかく親しみを感じやすい、とも話している。

 同様の拗音化の例として、朝日教授「木瓜(きうり)」「きゅうり」「くさみ」「くしゃみ」という例を挙げている。

 

 「さけ」「しゃけ」は、日常において両方一般に用いられている。

 きちんとした文書では「さけ」と表記されることが多いが、コンビニのおにぎりなどの商品名では「しゃけ」という表記も流通している。

 作文などで「しゃけ」と書いても減点されることはなさそうである。

 言葉は変化するものであり、かつて正しいとされていたものが常に正しいわけではない。

 「きゅうり」「くしゃみ」は、作文で「きうり」「くさみ」と書いたら✕にされそうである。

 

 記事では音が変化した例としてほかに、「わたし」「あたし」「いう(言う)」「ゆう」を挙げている。

 わたしの教室の生徒も作文によく「ゆう」「ゆった」と書いてくる。

 わたしはその都度、書き言葉としては「いう」「いった」が正しい、と指導している。

 入学試験の答案などで、頭が固くて言葉にうるさい採点者に減点されないとも限らないから、一応教えておくのである。

 

 文法上の変化でわたしが気になるのは、「違って」「違くて」と書くことである。

 「違う」ワ行五段活用動詞なので「て」が下接するときには「違いて」が本来の形であり、促音便化して「違って」になる、というのが文法上の理屈である。

 「て」が下接する連用形が「~く」になるのは形容詞である。

 「違う」という動詞は、確かに動作よりも状態を表しており、形容詞型に活用させて用いたくなるのは自然である。

 若い人の日常会話では「違くて」のほうが一般的になっている。

 何十年か後には試験でも「違くて」が正解になるかもしれない。

 が、今のところ、わたしは子どもたちに、書き言葉では「違って」が正しい、と教えている。

 「違う」を形容詞型に活用させることに関しては、実はわたしは先駆者である。

 わたしは幼少のころ、「違うよ」「違いよ」と言っていて直された、と母から聞いた。

 幼な心に「違う」形容詞らしさを感じていたのだろう。

 言葉の間違いや変化には、何かしらの理由があるのである。

 

 「全然」という副詞否定文に用いるものであり「全然いい」「全然おいしい」などは誤りである、という指摘をする人がいる。

 これも何を正しいとするかの判断は難しい。

 夏目漱石芥川龍之介の作品では「全然」肯定文に使っており、明治期には正しい用法であった。

 いつの頃からか「全然」否定文だけに使われるようになり、最近になってまた肯定文に使われるようになってきたのである。

 試験の答案で「全然」肯定文に使ったら減点されるかどうか、微妙である。

 

 「とても」は、明治のころは「とても~ない」と、否定文に使われる副詞であった。

 現在では「とても美しい」「とてもおいしい」などを誤りだという人はいない。

 

 常に変化している言葉について、どの時点で何を正解とするかは、一筋縄ではいかないのである。

 

 16日(木)の朝日新聞夕刊1面、「ミャンマー 私は拷問された」という見出しの記事を、恐怖に震えながら読んだ。

 

 ミャンマーで国軍が全権を掌握してから5年が過ぎた。関西の大学で研究職に就くアピョウンさん(仮名、36歳)は、国軍から拷問を受けたトラウマを抱えながら、仲間と抵抗を続けている。

 アピョウンさんは関西の大学で博士号を取得後、ミャンマーに帰国して「市民不服従運動」に協力した。2022年4月、国軍に捕らえられ収容所に連行された。目隠しをされて尋問を受け、返答を拒むと傍にいる少年が殴られ悲鳴を上げた。アピョウンさんが証言を拒むたびに少年は殴られ、やがて少年の叫び声は途絶えた。

 その後アピョウンさんは20人ほどの女性と子どもがいる洞窟に入れられ、石や草の混じるもみ殻のついた米で命をつないだ。1週間後に刑務所に連行され、10日後に懲役3年を言い渡された。24年1月に釈放され、4カ月後、関西の大学に戻った。

 現地の人権団体によると、国軍による弾圧でこれまでに7900人超が殺害された。

 

 こんな酷いことが今もわたしたちが住む同じ地球上で行われていると思うと、やりきれない気持ちになる。

 弾圧を受けているミャンマー国民のために何もしてあげられないことをつらく思う。

 日本が国家としてできることはないのだろうか。

 高市首相は難民の受け入れに消極的で、在日外国人に対しても厳しく対処する姿勢を貫いている。

 ミャンマー国民に手をさしのべる気持ちは、毛頭なさそうである。

 これが「日本人ファースト」である。外国人を見殺しにして自国の軍事力経済力の強化を進める、立派な政策である。

 

 ミャンマー国民は苛政に対して反対の声を上げることも難しい状況にある。

 自由に政権批判デモができる日本が恵まれているということを、改めて感じる。

 この自由をわたしたちは守り抜かなければならない。

 

 18日(土)の朝日新聞総合4面に「「デモ参加の市民を調査 想定しがたい」「国家情報局」法案 首相が答弁」という記事があった。

 政府が制定を急いでいる「国家情報会議」「国家情報局」を新設するための関連法案について、衆院内閣委員会高市首相が出席し質疑が行われた。

 記事によると、野党の質問に対して高市首相は、「反対するデモや集会に参加していることのみを理由に、普通の市民が調査対象となることは想定しがたい」と答えている。

 この首相の答弁を、額面通りに受け取ることはできない。

 法案成立後に対象を拡大していくことは目に見えている。

 教育勅語を愛する高市首相である。臣民が国家を批判するという「不忠」を、いつまでも野放しにしておくとは思えない。

 思想の自由言論の自由を守るために、わたしたち主権者高市首相と政府の動きに目を光らせていなければならない。

 ミャンマー国民弾圧は対岸の火事ではない。

 

 ミャンマー国軍政府による拷問を報じた16日の夕刊の記事は、最後にアピョウンさんの気持ちを記している。

 自戒も込めて、ここに引用しておく。

 

 それでも、国軍を憎む気持ちはない。「憎しみに支配された人生を送りたくない。悪いのは個人ではなくシステム。いつか変わることを信じて、できることをする、それだけです」

 

 

日本を優しく強く、

すべての国を平和で豊かに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 19日(日)の朝日新聞天声人語の末尾に、「国会前では、きょうもデモが予定されている」と書かれていた。

 その国会前デモに行ってきた。

 以前から参加する予定を立てており、時間、場所などは事前に「デモカレンダー」で調べていた。

 正式名称は『NO WAR!憲法変えるな!4・19国会正門前大行動』、主催は、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」「9条改憲NO!全国市民アクション」の共催である。

 先月25日の夜に国会議事堂前で行われた「平和憲法を守るための緊急アクション」の参加者は、2万4千人(主催者発表)であった。

 今回の参加者数は、3万6千人(同)であった。

 社民党福島瑞穂氏共産党田村智子氏のスピーチなどもあったが、参加者と報道陣が多くて近くに行けず、その姿を見ることはできなかった。

 会場のあちこちに置かれたスピーカーでその演説を聞き、拍手を送った。

 

 一人で参加している人が多かった。

 年齢層は、中高年が中心であったが、10代20代と思われる若者も多く見られた。

 男女比は半々くらいだと思われる。

 家族連れで参加している人も多く、レジャーシートを敷いてお弁当やお菓子を広げている様子はふつうのピクニックのようであった。

 レジャーシートに「戦争反対」「改憲反対」などのプラカードを置いているところだけが、ピクニックとは違っていた。

 

 主催者側のスピーチ憲法の読み上げ以外に、会場各地で様々なグループがビラ配りなどを行っていた。

 着ぐるみを着てプラカードを持って歩いている人もいた。

 いちばん盛り上がっていたのは、ドラムとギターとベースの伴奏に合わせてラップのようにコールを行なっているグループであった。

 多くの一般参加者がコールに合わせて声を上げていた。もちろんわたしも。

 「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の案内ウェブサイトに「LEDライト等の光り物や、鳴り物を、お持ちの方は、ご持参下さい!」と書かれていたので、わたしは娘のペンライトを借りて持参した。

 娘が推しライブに持っていくやつである。

 せっかく持って行ったが、このペンライトは役に立たなかった。昼間のデモでは全然目立たないのである。

 次に夜のデモに行くときには、また借りようと思う。

 

 今回わたしは「鳴り物」は持っていかなかった。

 コールや演説に手拍子や拍手で応えたが、音は小さく手は痛かった。

 次回は太鼓、鈴、タンバリンなどの「鳴り物」を用意していきたい。

 

 プラカードは、持って行ったほうがよい。

 ほとんどの人が持っていた。

 大体は家庭用プリンターで印刷した手作りのものであった。

 段ボールにマジックで書いただけのものもあった。

 折り畳み椅子もあるとよい。

 プラカードを持って座っているだけで、立派なデモである。

 

 この19日(日)は、国会議事堂前だけでなく日本各地でデモが行われた。

 「デモカレンダー」によれば、ひとりでプラカードを持って公園でスタンディングするだけというものもあった。

 これなら誰でもできる。明日からでもできる。

 デモはいちばん簡単な民主主義である。

 広まって欲しい。

 わたしも、「デモカレンダー」で見つけて、プラカード鳴り物を持ってどんどん参加しようと思う。

 一人は無力ではない。

 

日本を優しく強く、

すべての国を平和で豊かに。

 

 

 

 

 

 今日(19日)の朝日新聞天声人語は、こんな内容であった。

 

 日米安保改定に反対するデモが広がった1960年、デモは組織単位で参加するのが当然だった。30歳の美術教師小林トミさんは一個人として声を上げたいと考え、「誰デモ入れる声なき声の会」と書いた横断幕を作り、国会に向けて歩いた。気づけば主婦、学生ら300人近くが一緒に歩いていた。こうして生まれた「声なき声の会」は、日本の反戦市民運動の源流になった。

 今月上旬、国会前であった改憲反対のデモで、一人で参加している若い世代の多さに驚いた。小林さんがまいた種は、確実に根を広げたのだと気づかされた。

 「声なき声」をいかにすくい取るか。そこに政治の成熟度が試されている。

 

 現代のデモは、一人で参加する人が多い。

 その、個人参加に貢献しているのが、38歳の女性が1人で運営している「デモカレンダー」というウェブサイトである。

 組織に属していなくても、いつどこでどんなデモがある、という情報を手に入れることができる。

 

 18日(土)の朝日新聞朝刊、オピニオン面の「序破急」は、デモ意義について書いていた。筆者は高重治香記者である。

 その中で、柄谷行人氏「デモをする社会」という言葉を紹介している。

 柄谷行人氏は、「デモで社会が変わるのか?」という質問に対して、「人がデモをする社会に変わる」と答えたという。

 選挙と違い、デモはすぐに政権交代などの結果につながるものではない。

 選挙の票の数でしか民意が顧みられない社会は、民主主義ではない。

 主権者である国民の声を社会に届けるためには、「デモをする社会」を守り続けなければならない。

 「序破急」は、「デモは、考え、話し合うことの、始まりの場でもある」と結んでいる。

 

 デモ開催の情報もデモに参加する意義も揃っている。

 デモに行かない理由はない。

 

〈つづく〉

 

 朝日小学生新聞は、その名の通り小学生向けの新聞なのだが、40数年前に小学校を卒業して今は十分に大人になっているわたしが読んでいても、知らないことや知らないものと出会うことが多い。

 教室の生徒のために購読しているのだが、毎日いちばん熱心に読んでいるのはわたしである。

 読む度に発見があり、知識が増える。

 

 17日(金)の「まあちゃん先生とわくわくクッキング」は、「桜ミルクシェイク」であった。

 桜色のシェイクにほんのり桜色の生クリームをのせた、スターバックスで出てきそうな洒落たデザートである。

 その材料に、「桜パウダー」というものがあった。

 土台のシェイクにも、トッピングの生クリームにも混ぜ込むのである。

 

 わたしは、寡聞にしてこの「桜パウダー」というものを知らなかった。

 すぐにインターネットで調べてみた。(便利な時代である)

 この桜パウダー、作り方は簡単で、桜の花びらを乾燥させて粉末にするだけであった。

 桜の葉を一緒に混ぜることもあるらしい。

 ラボネクトという食品乾燥機・粉砕機メーカーが実際に自社の機械で作る様子を動画にしてYouTubeに上げていた。

 拾ってきた花びらを乾燥機で6時間乾燥させ、粉砕機で2分間粉砕してできあがりである。

 花びらを拾い集めるところから考えると、かなりの手間である。

 YouTubeには、桜の花の塩漬けを塩抜きして電子レンジで水分を飛ばしてすり鉢ですりつぶして作る、という動画もあった。

 花の塩漬けを買ってくるならば、最初から桜パウダーを買った方がよさそうである。

 製菓材料を扱っているお店なら手に入れられそうである。

 

 わたしは桜餅が好きである。

 西の生まれなので、道明寺派である。

 あの桜餅のピンクも桜パウダーを使っていたのか、と今頃気づいた。

 念のため、桜餅の作り方をインターネットで調べてみた。(便利な時代である)

 違っていた。桜餅のピンク色は食紅によるものであった。

 桜大福桜ケーキ桜クッキーなどには、桜パウダーを使うらしい。

 

 またひとつ利口になった。

 今年はもう時機を逃してしまったが、来年の春は桜スイーツに挑戦してみようと思う。