お願いごとを書かなくなった理由-(1) | ことこと愛する日々@真姿で生きる幸せ

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七夕に関連して、こんなテーマで記事を書いてみようと思います(^^)。


以前に、現在はアメブロもされているみらうささん から

メールをいただきまして、リクエストをいただきました(^-^)。


「リクエストなのですが、、、


以前に、新月のアファメーションをしなくなったと

おっしゃっていられましたが、


そのエピソードが是非知りたいので、

もしよろしければブログの記事にしていただければいいなと思っていました。


(中略)
そのような事もあって、

あゆみさんのエピソードが聞きたいな♪と思いました。


でも、無理にではないので、あゆみさんの最善のタイミングの時に

書いて下さい♪楽しみにしております。」


新月のアファメーションをしなくなったと書いていたのは、

この記事だと思うんです(^-^)。

「お願いごとをしない軽さ」 (2009年7月25日)


(みらうささん、あっていますか?)


ちょうど、1年近く前の記事でした。


最善のタイミングが、1年近く経ってしまいましたが、書きますね。


このときに書いた、お願いごとがないから書かないということ以外の、

もう一つの理由というのは・・・


ある時期、というか、ある日から(この日と限定できます!!)


わたしは、

「自分のすべて…からだ、人柄、才能…すべてを天に捧げます」

と誓ったからなのです。


その少し前から、わたしは、自分が天から動かされている、

ということをよく感じるようになり、


そういう会話の中から、ハイアーセルフさんから勧められていたのです。


「あゆみのすべて…からだ、心、人柄、才能、すべてを天に捧げ、手放すこと。


すべてを天に捧げます、と誓うとよいぞ。


それを誓うと、人の欲や我に巻き込まれることもなく、

欲に振り回されることもなく、自分の欲に悶々とすることもない。


本当にスッキリとして、楽になるぞ。」


と言われていました。


でも、すべてを天に捧げるって…えー怖い!! そんなことできないよ、

そんなことしたら、すべてコントロールされてしまうの?! と思い・・・


ものすごく怖くて、なかなかできなかったのです。


それと、すべてを天に捧げてしまったら、

夫と離れる(別れる)運命になるか、

自分は(肉体が)死んでしまうのではないか、という恐怖感がありました。


「○○(夫の名前)とは離れないし、死なない。

逆に、生かされる。


怖いのはなぜ?


コントロールされると思う?


人にコントロールされるよりいいだろう。」


「『私のすべてを使ってください』と言えばいいのですか?」


「言い方はどうでもいい。

‘自分のすべてを天に捧げる’ということだ。


でも、怖れがあるうちは、やめて。簡単ではない。


欲を捨てて、我を捨てて、天にすべて預けるというのは…


しかし、ラクになるぞ。」


と、なお、勧められていました。


「○○さんとぜったい離れることもなくて、ずっと一緒に生きられるのなら、

今でもできるかもしれません」


と言うと、


「○○と離れないならいい、と思えるなら、もう、できるぞ。」


「でも、すべてを天に捧げたら、自分の好きなことはできないのですか?」


「そんなことはない。

天に捧げたとしても、好きなことはしてもよいし、好きに生きてよい。


欲と、好きに生きるのはちがう。」


「うーん…、いまいち、その違いがわかりません。」


「そのちがいが、いまいちわからないのも、しかたない。


まぁよい。そのうち、な。悪くなることはないから、安心を。」


(以上、2009年6月25日の会話より。

 ノートに書いているのでそのままです。)


そのような会話のやりとりがあったのです。


ごめんなさい!!


もう透析に行かなくてはならないので、この続きは夜に。

今夜中には、必ずアップします。