日本の神話をいろいろ読み進めているうちに、日本は周王家(姫姓)から分かれた国、すなわち姫氏の国と呼ばれた という話を聞きました。

 

この話が100%本当かどうかはわかりませんが周の国に住んでいた人たちは多かれ少なかれ日本列島には渡ってきているでしょう。

 

また周王家姫氏や太公望呂尚姜氏は漢民族というより遊牧民族に近い存在だったとも。

 

そうするとさまざまな民族が入り乱れていた古代の中国は言葉の上でも多種多様だったのではないでしょうか。

 

当然言葉が通じない間柄では戦争になりやすいですが意思の疎通をはかる必要があった場面もあったでしょう。

 

その場合に絵もしくは表意文字である甲骨文字が使われたのだと思います。

今でいう筆談みたいな感じでしょうか。

 

そして何度も使っているうちに大篆→小篆と変化していき秦が中国を統一したときに漢字の基礎も統一されました。

 

現在我々は司馬遷が書いた史記で古代中国の事は基本学びますがその史記が漢字で書かれているために

古代中国も漢民族のような感じで見てしまいがちですがそこには意外と別の真実が隠されているかもしれません。

 

とりあえず今は日本人のルーツをたどるためにいろいろ調べていますがまた何か思いついたらメモ程度に書いていきたいと思います。