《前回の続き》

誰でも良い人生の方が良いと思います。
ただ自分のフィルターに、普通は気が付きません。

このフィルターは幼少期に作られるそうです。
そして生きるために自分を守るためにフィルターが出来ます。

本来、起きたことは事実です。
それ以上でも、それ以下でもなく、意味もありません。

例えば、急いでいて歩道を走っていたのですが、縁石に躓いて転んで膝をケガをした。
転んだこと、膝をケガしたことは事実であり、その事に意味も感情もありません。

その出来事に
「うわー、今日は一日中気分が悪い!」とか
「急がせて走らせたのは妻だから、妻のせいでケガをしてしまった」とか
「こんなとこに縁石を設置した市役所が悪い!」とか
意味を付けるのは自分なんです。

その見方や考え方の元となるフィルターって
何のために出来たのでしょうか?

幼少のころに、自分自身を守るために出来たようです。
産まれたてのころは無色透明だった筈なのに、
フィルターは段々と少しずつ少しずつ色が付いていきます。

なので、フィルターに色が付いてるとは気が付きません。
気付くのは出来事に様々な感情が湧き上がる時だけです。

あなたは、どんな人生を創っていきたいですか?