続き

 

 共通する文体

 

 

前回載せた三つの序文の文章の続きはこうなっている。

 

 

 

●願立剣術物語

 

「予竊雖学習而発狐疑之念而不逹九牛一毛」

 

【予(よ)、竊(ひそか)に学習(がくしゅう)すると雖(いえど)も狐疑之念(こぎのねん)を発(はっ)し、九牛(きゅうぎゅう)の一毛(いちもう)にも逹(たっ)せ不(ず)】

 

「私も秘かに学習するといえども、疑いの心が出て全くものにならなかった。」とある。

 

●三徳流剣術滿心蛛之網巻

 

「予也非其徒幸竊淑與有聞其流儀」

 

【予(よ)也(もまた)其(そ)の徒(と)に非(あら)ずも、幸(さいわ)い其(そ)の流儀(りゅうぎ)聞(き)くこと有(あ)りて竊(ひそ)かに與(くみ)するを淑(よ)くす】

 

改めて後述するがこの巻物の序文の最後には「鈴木五左衛門重定 自序」とあり、一翁斎が自ら書いたか、それを写したものである。

 

これを訳すと「私もその生徒ではないが、幸いにその流儀について聞き及び色々学ぶ機会があったので、秘かに研究した。」と言う事になる。

 

「自分はその徒ではない」という発言は注目に値する。

つまり、鈴木一翁斎は間接的に夢想願立剣術の一部を学んだ人だと分かる。

 

 

●忠信立流剣術滿蛛之網巻

 

「予雖不敏竊縁其流末而僅曉剣術之一二而己」

 

【予(よ)、敏(びん)なら不(ず)と雖(いえど)も竊(ひそか)かに其(そ)の流末(りゅうまつ)に縁(えにし)ありて、僅(わずか)かに剣術(けんじゅつ)の一二(いちに)を曉(さと)る而己(のみ)】

 

 

「私もすぐれたものでは無いといえど秘かにその流儀の末流に縁があり、僅かに剣術の技の一つ二つを体得するのみだ」

とある。

これは恐らく三徳流の序文の変化だと思われる。

 

 

 

こうやって見比べて見ると文体に共通する点があるのがよくわかる。

 

どれも「予」で始まり、自分の実力不足や間接的関与を証言し、「秘かに」学んだと書いている。

この「予」の部分は小さく書かれており、他の武術の巻物でも見られる形式である。

また、そこから自信の非才を述べ謙遜する形式のものは文章の型として存在し、よく見る事が出来るので、これだけだとこの三つの伝書に関係があるとは言えない。

 

しかし、その後の内容で不完全に学習した事を明言し「秘かに」学んだと言う文言が共通して見られることから、何らかの繋がりがあると推定出来る。

 

服部孫四郎は阿部道是から直々に夢想願立を学んだはずなのに、「秘かに学習した」と書いているのは不思議な事である。

 

 

鈴木一翁斎にいたっては夢想願立の情報を得て、その研究をして間接的に三徳流を作り上げた。

 

このように立場に大きな違いがある二人の書いた序文に共通点が見られることは不思議な事である。

 

そして一番不思議なのは夢想願流を直接学んでいない鈴木一翁斎が夢想願流の正当な伝系に入っている事である。

 

 

そうなると気になってくるのは双方の冊子と巻物の成立年代である。

 

 

 

続く