萩の城下町絵図をしげしげと眺めていたら
萩博物館のスタッフの方が
興味深いことを教えてくださいました。
写真が萩博物館です。
幕末に描かれた絵図は
お城を雲で隠して描いていないそうなんです😳
平和な時代ではなくなったのだと
絵図からもわかるんですね!
木戸孝允のお家で撮影させてもらった絵図も
お城が雲で隠れていました。
左上の部分です。
この絵図をみていたら
お城近くの大きな屋敷には
幕末、詰め腹を切らされる家老たちの名前があって
感慨深かったです。
お城は今は萩城跡になっていて
一日目の夕方に見学させて頂きました♡
花燃ゆのロケに使われたそうです。
文と久坂が大吉出るまで
おみくじを引いたシーンの場所かな?
そして
この萩城や城下程近くの高杉や木戸のお家から
遠く離れた場所にある松陰のお家。
それだけでも当時の身分がよくわかりますね。
吉田稔麿のお家も、松陰の直ぐ側でした。
久坂は、明倫館から徒歩十分程度で
高杉や木戸と近いけど
お城のメイン通りからはちょっと離れますね。
だけど誕生地は立派に顕彰されていて
バス停の名前になってました。
そう思うと、同じ志士でも
下田渡海事件の金子重之助の顕彰は
ちょっと淋しいかな。
そうそう
野山獄と岩倉獄って
隣同士とはきいていたけど
こんなに隣接していたのだと驚きました😳
なんか、怖くて写真とれなかったけど。