震災の一件から、心は完全に離れたまま私はまだ戸籍上は夫の妻のままだった。

 

用件はメール。顔を合わせないように暮らしていた。
夫は、家族の行事にも参加しない。
「3人家族」といわれることが多かった。

 

どんなモラルハラスメントや、精神的DVにも耐えた理由は、子どもを育てていたからである。
私の価値観の中で、人の根幹をしっかり育てるためにホームランドとなる「巣」は必要だと思っていた。

 

私を炎天下1時間待たせても平気で、さらに恩を着せてくる男。
私の友人に「僕からだって渡して。」とプレゼントを買ってくる男。
両親への結婚の挨拶から、ありとあらゆる手で必死で逃げ回り、挙げ句の果てに私のせいにする男。
経験した女性の性器の形を分類し、私に楽しそうに話す男。

小中学生の女の子に、吸い寄せられるように近づいていく男。
自転車の女子高生の下着を見ようと、車で正面から近づいて脅かそうとしたこともあったね。

卑猥な言葉は気持ちが悪くなるからやめてほしいというと、
「は?男のエッチパワーってそういうんもんだ。」と。卑怯だよね。
「じゃあ、女は全員お金持ちの男が好きかもね。」
って反論したら、びっくりして黙ってたね。

 

「子供産めないとか気にしませんよ。子ども嫌いなんで」と私の両親にいう夫。
結婚式の会場で「こいつ?頭悪いよ」と、友人に私を紹介する夫。

妊婦の前で平気でタバコを吸い、私が嫌がる様子をむしろ楽しむ夫。
「妊娠は病気じゃない」と、大通りの向こう側にある缶ジュースを私に買いに行かせる夫。
そうだよね。
夫家族と出かけた時、あなたのお母さん「おかん。喉乾いた。」のあなたの一言で、必死にコーラの自販機探して買いに行っていたものね。
みんなを待たせてね。

 

「自分は、家事育児をしなくていい階級の人間だ。」と真顔で言う夫。
「哺乳類のオスは、種を撒き散らすのが本能。子育てはしないんだ。」
って。
ペンギン以下だね。
「子供は母親が全て。」と私が倒れても子どもをそばに添い寝させ自分は寝る夫。
急な腰痛で「子供は預かれない」をアピールする夫。
下手な猿芝居だったよ。

 

家族で食事に行くと、「これ食べたい!」と子どもから料理を横取りする夫。
自分の食べかけを差し出し、子どもの前に置いてね。
黙って差し出す子どもの気持ちなんかお構いなく、美味しそうに食べてたね。

 

私が仕事を始めた頃。
10年以上365日やっていた子育ての、たった1日を任せただけでぶち切れて、
「女として役に立たない」
「家事がまともにできねえ女なんか要らねえ」
「農耕階級の女が」
「出て行け!」
と、罵声を浴びせたね。

 

震災時必死にタバコを買い集め、家族を顧みることなく帰ってこなかった夫。
避難の途中で「観光しようよ!」と言い出す空気の読めなさにも辟易したよ。

収入を顧みず、医者のような家を建てたね。
莫大な借金を背負って、生活が困窮したよ。
その日暮らすお金がなくて、風俗が頭をよぎった事もあるほどだったよ。

 

できた自宅は、自分はホテル並みの装備の部屋をふたつ。
子どもは仕切りだけの、クローゼットもない8畳の部屋。
「女はリビングが部屋」と私には家事スペースもなし。
庭に子供が出れば「芝が痛むだろう!」と怒り散らしてたね。

 

上の子が進路の相談をした時、自分と同じ道に進みたいという子に、嫌そうな顔をしたね。
「え〜。それ俺やだな。父親(自分)が優秀だと、子どもは辛いんだぞ?」
と言って、進路を閉ざしたよね。
殺人だよ。
そして、下の子が同じことを言った時に大歓迎だったのは、心の底から呆れ果てた。
役に立たないのは、あなただよ。

 

幼な子を残し奥さんを亡くしたばかりの後輩に、
「嫁の実家が面倒見てるなんて、再婚しづれえな〜w」と言う夫。
30半ばにして結婚する同僚に
「奥さん高齢だから子どもは望めないかもしれないけど、幸せになれよ」
と、言ってしまう夫。

 

同期が次々出世する中、一つも出世しなかったよね。
やっと取れた学位授与式の会場に、誰もいなかった理由わかる?
「世話人のあいつ、日付を間違えて案内した」って怒ってたけど、違うよ。
子どもでも言わない失礼な発言をあなたが繰り返して、謙虚さのかけらもないのだから、もう全く人望がないんだよね。

私も社会も見下していたのに、家族にも社会にも見放されて残念だったね。


私は血の滲むような苦労はしたけれど、事業を成功させてあなたの年収越えたよ。
バカみたいな家の借金も返したしね。

 

ワキガ体質なのにお風呂に入らない、手も洗わないし顔も洗わない。
いつも手も顔もベタついて、身体も臭っていたね。
トイレ綺麗に使ってと話しても「俺は落下させてジョボジョボ音を立てるのが好きなんだ!」って、毎日私に拭き掃除させたね。
最悪だよ。

 

育てていないくせに、成長した子ども達にべったりな様子はイライラしたけれど、子どもも育てあげた。

私は私の道を行く。
期は熟した。
私は離婚に向けて歩き始めた。