歯に衣着せないタイプの第三者は、おせっかいと感じることもあるが、時に私に気づきを与えてくれる。

 

育児の合間、私は再就職への準備を着々と進めていた。
子供が寝ている間は眠かったし休みたかったが、それが唯一の社会と繋がっている希望の光でもあったのだ。

 

研修も着々と進んでいく。
ものを教わること、学ぶことはもともとそれほど苦にならないので、とても楽しかったのを覚えている。

 

ある日、私の兄が結婚することになった。
1歳3歳の小さな子どもを連れ、実家のある福岡へ向かう。


夫は自分の大切なパソコンを手に持ち、肌身離さない。
クロークに預けて、という私の注意など聞かない。

「貴重品なんだ!もし何かあったら責任取れるのか!」と、怒鳴られるのが関の山である。

 

子ども2人の面倒は、彼は見ない。
子どもたちが泣こうが喚こうが、悠々と何かを食べているかタバコを吹かしている。

 

結婚式のリングを渡す係を、子どもたちが担うことになった。
先に上の子をトイレに連れて行ってくれと話したのに、夫は「タバコを吸ってくる」と出て行ったきり、帰ってこない。

下の子が、眠くてぐずり始めた。
妹にも小さな子がいて、手が足りない。


ロビーでパソコンを触っていた夫に気がついた親戚が、夫に声をかけてくれたらしく渋々会場に帰ってきた。
上の子をやっとトイレに連れて行ってもらったが、またなかなか帰って来ない。
心配でトイレに行くと、男子トイレの前で子供の泣き声が聞こえた。

血の気が引いた。

 

「失礼しますっ!」と男子入っていくと、

トイレの前でズボンを下ろされた子が、便器の前で立たされたまま号泣していた。
そこに、タバコを吸い終えた夫が帰ってきた。
なかなかしないから、タバコを吸いに行ったのだという。

「こんな格好で幼児ひとりにして、何考えてるの!」

慌てて洋服を元通りにし、女子トイレに連れて帰ると夫はまたゆっくりとタバコを吸いに行った。

 

指輪交換の時間である。

私は下の子を抱っこしながら、上の子を誘導し無事役目を終えることができた。
大きなお役目としてのお礼として、子どもたちにプラモデルを兄夫婦は渡してくれた。

 

すると‥
テーブルに着くなり、夫は子どものプラモデルを開封し、一心不乱に作り始めた。
「ちょっと、後にして。」
すると、いつものように体裁を整えて恩着せがましく言うのである。
「子どもがぐずるから、式を台無しにしないために作ってやってるんだ。」
結局彼は、披露宴の間ずっとプラモデルを作っていた。
それは、異様な光景だっただろう。

 

帰りに、私は叔母に呼び止められた。
「〇〇ちゃん、ちょっと。」
「はい?」

「旦那さんずっとパソコン触りながらロビーにいたから、声かけたよ。」
「ありがとうございます。すみません‥私が言っても聞いてくれないので助かりました。」
「女房がしっかり注意しないとね。」
失言や態度の悪さを謝るのは、いつも私の役目だ。

心にまた、暗いものが立ち込める。

 

「披露宴の間中、プラモデルしてたのはないよね。」
「はい‥本当にすみません‥。よく言い聞かせます。」

私が憔悴して項垂れていると、その娘になる従姉妹が、話しかけてきた。


「〇〇ちゃん、あのさ。私、大学でそういうの学んだから思ったんだけど。」
「周囲の状況に極端に関心がないとか、常識的にちょっと考えられない行動をやめないとか、喜怒哀楽の表情が全く無いとか。旦那さんもしかして自閉もってない?」
 

「‥え?」

 

変わっているとは思っていた。
私の願いや相談は一切聞き入れない冷たさ、子どもが泣き叫ぶ中平然と食事を続ける無神経さ、私に相談なく好きな時に好きなだけお金を使う身勝手さ、同じ曲を何十年にも渡って聴き続ける執着の強さ‥

 

周囲への配慮もない。

とても臭いやすい体質なのに面倒だと風呂に入らないから、1年中彼はきつい体臭を放っている。
周囲に誰がいても待たせても、平然とタバコを吸っている。
自分の行動が制限されそうになると逆上し、自分への進言は攻撃とみなし、それが妻であろうと完膚なきまでに叩きのめしてしまう自己防衛への過剰反応。

 

当時はまだ「変わり者」という認識で、アスペルガーという言葉が出てきたばかりだった。

「もしかして‥」
全てのパズルがハマった気がした。


いろいろな文献を調べた。
間違いない。

 

気づくのが遅い、という人もいるかもれない。
しかし、学生結婚し夫以外の社会のつながりを持たない私は、完全に認知の歪みの中にいた。

夫も人間だから、いつかわかってくれるかもしれないという虚しい期待、私が変わろうという努力をまだこの頃は重ねていた。

それでも無視され、能力が低いと言われ「うまくいかないことの全ては私がおかしい」とされている生活の中では、気づきようもないのである。

 

しかし、私は確信した。
彼の、他への氷のような冷たさと無関心は、先天的なものに違いない、と。