彼の実家に行くことが決まった。
中学高校の友だちにクラス会を開くよう指示した彼は、私を連れて行くと大張り切りである。

私は、どんどん流れる渦の中にいるような気分だった。

 

彼は電車やバスで移動する時も、私を立たせ自分だけがどかっと席に座る。
彼女に席を譲ったりするのは、尻に引かれている軟弱な男がすることなのだと言う。(そんなことはない)
そして周りの女の子をジロジロみては私と見比べたり、立たせている私を眺めたりしながら満足そうにしているのである。

 

その日は快晴で、飛行機で湾を飛び越える風景はとてもキレイに見えていたはずだ。
いつも通り窓際を陣取り、すごいすごい見て見てとはしゃぐ彼をよそに私は沈んでいた。
見てみてと言われても、体が大きい彼の向こうの景色は見えないのである。

 

飛行機は大阪に着いた。
空港に彼のお姉さんが迎えにきてくれたが、車が着くなりどかっと自分だけ助手席に座ってしまった。
お姉さんが降りてきて慌てて私を後部座席に案内すると、車は走り出す。
彼は私など眼中にないような様子で、ギアを下ろしたりイタズラしながらウキウキと話しかけ楽しそうに乗っている。

 

久々にきょうだいに会う嬉しさは、私も分かる。
しかし、彼はいつもそうだ。

どうしてこの人は私と結婚したいと言ってるんだろう?
と、流れる景色を見ながら私はそう考えていた。

 

実家に着くと、お母さんとお父さんが迎えてくれた。
大学の社宅はこじんまりとしていたが、お二人とも親切で良さそうな人だ。
遠いところありがとう、と中に通され楽しい歓談が始まった。

 

しかしここでまた、彼の不可思議な行動が発生する。

彼は、お母さんに何か質問されても一つも返事をしない。
聞こえてないのだろうかと、見ると会話には参加しているのでそう言ったわけでもないようだ。
彼は缶コーヒーを1日に10本近く飲みタバコを1日に2箱吸うのだが、缶コーヒーがわりに1日に10回、お母さんにわざわざ茶葉からお茶を入れさせるのである。

 

お母さんは言う。
「そうそう。沈黙はあなたのイエスなのよね。」
「自分で混ぜると、美味しくないのよね。」
彼は満足そうに目を細めている。


私は、この時点でもかなり驚きを隠せなかったが、

会話の中で彼は、お母さんを「ブス」だの「頭が悪い」だの「料理が下手」だのひどい言いようである。
せっかく淹れたお茶にも「渋い」だの偉そうに文句を言う。
甘え方にも別の方法があろうが、当の家族もそれが普通なのか笑顔である。

 

自身の家族との違いに衝撃を受けた私だったが、家族の距離感はきっとそれぞれなのだろうと思うことにした。

何も分からない21歳の学生だったのである。


後に彼は、私に対しても全く同じ態度を取ることになるのだが‥
このことは後に、大きな波紋となり私に降りかかってくるのである。