みなさんも、進学先や就職先を決める、転職や退職を決断するなどと、人生の岐路に立ったことが幾度もあることでしょう。そのようなときに、道祖神のような人に出会ったり、たった一つの言葉で決心がついたことはなかったでしょうか。

 

私にも、生涯忘れられない言葉との出会いがあります。その言葉は、神谷美恵子さんの「こころの旅」という名著の中で、「アルバイトについて」という章に登場してきます。少し長いのですが、引用してみます。

 しかし現在でも生活上のぎりぎりの必要から昔の「苦学」と同じようなこころで進学を断念したり、したいことをあきらめて、ストイックにアルバイトに服する青年もたくさんいる。いくつも履歴書を書き、あちこちの雇用者の前に立つ人間のこころの中には、自分は今、利用価値の点から値ぶみされる品物のようなものだ、という索漠たる思いがよぎるだろう。「何でも致しますからどうぞ使ってください」というようなことを口でいうか、態度であらわし、首尾よく採用されたとしても、こころの中では自分で自分の首をしめているような感じにおそわれるのであろう。

 こういうとき「自分には、ほんとうはもっとやりたいことがあるのだ!」とひそかにこころで叫んでいることであろう。それは絶対に他人にはきこえない。このときほど外に見える人と、その人のこころの内部とかがかけはなれていることは少ない。

 しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。「運命」と当面のしごとが要求することを忠実に果たしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口が現れてくることがある。

 

神谷美恵子『こころの旅』日本評論社

 

医学部再受験を考えていたとき、前稿「そんなのやめちまえ」で登場した田中豊三さんから「そんなのやめちまえ」という劇薬を投げつけられました。その直後に、書店に行き、何気なく手に取った本書の中で「しかし人生はまだ長い」という言薬に偶然出会ったのでした。

 

 

本当に必要な言葉に出会ったとき、あたかも著者が今の自分のためにその言葉を用意してくれていたかのような気になります。そのタイミングで、その場所で、その状況下でなければ決して響かない言葉に出会うものなのでしょう。この言葉は私を賦活化させるには十分効力のある言薬でした。おかげで、自分の将来に霞のようにかかっていた不安や迷いがあっという間になくなったのです。

 

もしかしたら、このブログがいつか誰かの言薬になるようなことがあれば、とても嬉しいと思います。