〜想像は創造〜 

         Imagination Creation, 

               Meditation Inspiration

   

 

また、転校生になった。

 

山と川と海のある、育った地に舞い戻った。

 

ここの小さな小学校は、当時全校生徒100人ちょっと。

一番小さなクラスは、小学一年生数7人。

 

私のクラスは3倍以上の24名だったかな・・・

 

小さい学校だから、女子のかけっこで2番。

私は急に ’足の早い人’  になった。

持久走も2番。

 

いつも2番というのも

そう、とっても足の早い子がいて、男子入れても彼女はクラスで一番。

彼女がどれくらい速かったか?

ほっぺたが揺れるくらいに〜

それが見て取れるくらいの速さ!彼女はすごかった。

 

どうやら、足の早いお父さんとお兄ちゃん3人で、

「毎日 浜を走っているらしい」との噂。

 

 

 

本当かどうかは知らないけど、

あれだけ速ければ、そうかもしれない。

だからって、自分もやるか・・・?と自問したけど、

「いや、そこまでやんなくっていいわ〜」と、即答。笑〜

 

 

浜は目の前、ヨットハーバーを走り回って遊んだことを思い出す。

 

 

このヨットハーバーは、今給黎教子さんが女性初単独太平洋横断で出発したところ。

1988年出発だから、かれこれ45年前のこと!(Wow~こんなに昔とは信じられない!)

 

 

 

こんな田舎のヨットハーバーから、世界に向けて、

しかもヨットで、

しかも単独、

しかも女性、

しかも太平洋・・・ 

 

アメリカに行くの・・・? ここから? それに乗って?

一人で・・・

 

当時はなんだかピンときていなかった。

 

 

遠いんだよね、アメリカって。

太平洋って、かなり大きいいんだよね・・・

 

 

あまりにも規模が大きすぎて、

なんだか 物語みたいで、

どうも実感なかったものの

 

今こうして振り返ると、なんともすごいことを達成した女性だと

敬意を表したくなる。

で、

ここに紹介したくなった。

 

 

同じ鹿児島出身。

偉人の西郷さんだけじゃなくって、

こうして夢と目標を現実にした女性もいたんだ・・・

 

 

ここに来るまでには

た〜〜〜っくさんの下準備があったことは想像に難くない。

その一つ一つが、このチャレンジを現実へと導き、

太平洋の航海で発揮されて

成功へと導いてくれたのだろう。

 

私の自分史とはちょっと話がそれたが、

なんだかこちらへと矛先が向いてきたから

そのまま書き記したいと思う。

 

 

 

ありきたりかもしれないけれど、

夢に向かって一歩づつ、

なんでも進んでやってゆけば、

きっと自分の最終ゴールに辿り着く。

 

そう、道が外れたかのように見える時でも

でもそれは

外れたんじゃない。

 

 

私も、小さな小学校に転校してきて

こんな小さくって、人数も少なくって、大丈夫かな・・・

(前の学校はマンモス校で、ひと学年6組まであり、ひとクラスが40〜42人!)

とか、小さいからこその色々な葛藤があったけれど、

 

今思う。

 

 

たくさん、とても大切なことを学んだ。

 

それは、勉強とか、規律とか、そんなんじゃなくって。

やるべきことをやりながら、

自分の心に従って、冒険して、時につまづき、後退しながら前進する。

それでよかったんだ。

 

 

そうすると、自分らしくヨットで太平洋横断するような、

そんな気持ちで人生の大事な時を進むのかもしれない。

それは、自分にとっての「太平洋」になる。