殘す所と三日となりました。體調も大分戻りましたが、今朝何とか明後日大晦日の「大祓行事」の資料のチェックも終り、殘るは印刷を行ふだけになりました。
 家の整理もある程度は行つて、明日には大掃除を行ふだけになつてゐます。
 けふは、今年最後の洗濯を行ひ、大掃除などをして御正月の準備に入ります。
 鏡餅も和菓子屋さんから購入し、大晦日の夕食用の牛肉を買つてきたいと思つてゐます。
 只、今囘のお正月はせいぜいお雑煮を食べるのみにするだけで過ごすつもりです。
 けふは、最近『庶民文化が荷つた和歌文化の隆盛』についての論考に取組んで居たのですが、今囘はそれをもう一度見直して原稿を書き直してゐます。
 來年度こそ、日本の和歌文化を正しい姿を取り戻す一助になればとの思ひからです。
 
 ◇ ◇ ◇
 
【はじめに】
 日本に於ける和歌文化は、決して貴族武士などによる高尚なるモノではありませんでした。その原形は、『古事記』に於ける崇神天皇の條に通りがかりの少女の詠つた上代歌謡が最初の庶民和歌になります。それは次のものになります。

「故大毘古命、罷往於高志國之時、服腰裳少女、立山代之幣羅坂而歌曰、」
美麻紀伊理毘古波夜 美麻紀伊理毘古波夜 意能賀袁袁 奴須美斯勢牟登 
斯理都斗用 伊由岐多賀比 麻幣都斗用 伊由岐多賀比 宇迦迦波久 
斯良爾登 美麻紀伊理毘古波夜  (『古事記中つ巻』崇神天皇より)
 「故、大毘古命(おほびこのみこと)、高志國(こしのくに)に罷(まか)り往きし時、腰裳(こしも)を服(き)たる少女(をとめ)、
  山代(やましろ)の幤羅坂(へらざか)に立ちて、歌ひて曰く、」
「御眞城入彦(みまきいりひこ)はや 御眞城入彦(みまきいりひこ)はや おのが緒(を)を 盗み殺(し)せむと
 後(しり)つ戸(と)よ い行きたがひ 前(まへ)つ戸(と)よ い行きたがひ
 うかかはく 知らにと 御眞城入彦(みまきいりひこ)はや」
《語意》
「御眞城入彦(みまきいりひこ)」…「崇神天皇」。「おのが緒を」…「自分の生命を」。
「盗み殺せむと」…「暗殺しやうと」。「後つ戸よ」…「裏口からも」。
「い行きたがひ」…「行き違ひして」。「前つ戸よ」…「表口からも」
「うかかはく」…「窺つてゐるのも」。「知らにと」…「知らないで」。
【歌意】
 御眞城入彦よ。御眞城入彦よ。自分の生命を盗み殺さうと、裏口からも表口からも狙つて窺つてゐるのもお前は知らないで居るぞ。
 ◇ ◇ ◇ ◇
 この歌は、崇神天皇の腹違ひの兄王、建波邇安王(たけはにやすのみこ)が反亂を起す事を啓示した歌を、名も知らぬ少女が詠つてゐたものになります。
 この古代歌謡は古代の逸話を詠はれたものになりますが、これを名も知らぬ少女が詠つてゐます。日本に於て和歌は決して上流階級だけの「ことば遊び」のモノではなかつたといふことが表はれてゐるのではないでせうか。この事のみならず、日本では生活に密着した言葉文化として和歌が發達してきたと云へます。
 庶民の和歌文化を代表するものと云へば『狂歌』といへますが、これについて云へば、この狂歌は、和歌の形式を使つた典型的な「言葉遊び」になります。
 そして、現代の『狂歌』に對する解釋を東洋文庫の『国史大事典』では次のやうに述べられてゐます。

「和歌の形式のなかに反古典的な機知や俗情をよみ込む文芸で、よく人の知る文芸や成語のもじりParody、あるいは縁語・懸詞の複雑な組合せなどの技巧が好んで用いられる。狂歌という名称は平安時代からすでにあって、かなり作られていたが、歌道の神聖を憚って狂歌云捨ての原則が守られたので、ほとんど伝存せず、わずかに鎌倉時代前期の暁月房(阿仏尼の子)の『酒百首』が伝写されてのこるくらいのものである」

 このやうに書かれてゐます。ただ、私から言へばこの解釋は決して正しいとは思へません。特に「歌道の神聖を憚って」といふ表現にこの筆者の反權力思想が窺へて、和歌を上流階級であるといふ間違つた考へ方に立つて解してゐると思ひます。
 和歌文化は、本來もつと廣い分野によつて支へられて來たものの筈です。狂歌も貴族や歌人が多く作つてゐると私は思ひます。
 室町戰國時代の亂世には、大衆の間にも笑ひへの欲求が髙まつてきたことも相俟つて、頓智狂歌が廣く愛されることになりました。
 その代表歌人といへるのが一休宗純であります。今囘は、『狂歌』の源流とも云へる一休禪師の和歌の數々を御紹介させて戴きます。
 
《一休禪師》
 (室町時代)  臨済宗の禪僧・後小松天皇の皇子。
門(かど)松(まつ)は冥途の旅の一里塚
  めでたくもありめでたくもなし
「門松」…「お正月は」。
「冥土の旅」…「死ぬまでの一生」。
 ◇ ◇
女をば法(のり)の御蔵(みくら)と言ふぞ實(じつ)に
  釋迦(しやか)も達(だる)磨(ま)もひょいひょいと生む
「法の御藏」…「眞理の蔵」。
「達磨」…「達磨大師・最高の禪僧」
《歌意》女性は、一切の眞理を内藏してゐるあの釋迦や達磨大師もそのお腹からひょいひょいと生んでしまつたのだから。
 ◇ ◇
心こそ心まどわすこゝろなれ
  こゝろに心こころゆるすな
《歌意》自分の心が、その心を惑はすのであり、その心に決して心を許してはならない。
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生きば生きん死ななば死なんと思えただ
  その行き先は有無にまかせて
「生きば生きん死ななば死なん」…「生きるとか死ぬとかは死のうと思へ」
「その行き先は」…「その行く先が(地獄にならうが極樂にならうが)」。
「有無にまかせて」…「有らうが無からうがどちらも任せてしまつて」
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金銀は慈悲と情(なさけ)と義理と恥ぢ
  身の一代につかふためなり
《歌意》お金や財産は、人や世の中の役に立つことに、使ふべき時に使ひ、人の役に立たないことや己れの我欲の爲に使ふものではない。そして、その財産は自分一代で使ひ切る事である。「子孫に美田は遺さず」である。
 ◇ ◇
 この一休禪師の創られた狂歌とも言へる教誡歌が、多くの大衆に受け入れられて日本の狂歌文化の萌芽が始まつたといへるのではないでせうか。