本稿は12月6日の續きになります。   
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84 藤原清輔朝臣

      (ふじわらのきよすけあそん)


 (1104年~1177年)

 


*藤原清輔朝臣(京都時雨殿所蔵)



 
ながらへばまた此の頃やしのばれむ
  憂しと見し世ぞ今は戀しき


  (新古今集)


(歌の詠み方)

上の句 ながらえば またこのごろや しのばれん
下の句 うしとみしよぞ いまはこいしき


《歌意》
 生き長らえれば、今この時も懐かしく思われるのだろうか。
 昔、辛いと思った頃のことが、今では恋しく思われるから。




 歌の間のエピソード


 歌の背景

*この歌は、藤原清輔が三十歳の頃に
 作られたと傳えられています。

 現在の苦悩を元として、
 過去をなつかしんでいる境地は
 普通であれば長い人生遍歴の後に
 到達する心ですが、清輔は若くして
 ここに立ってしまったのです。

 時代は平安末期の
 保元・平治の乱の起こる二十年程前、
 公卿達が時代の嵐の中
 崩壊の兆しを見せ始めた頃の歌です。



*保元の乱屏風絵




 語の解釈


*「ながらへば」とは、
 「生き長らえれば」という意味になります。

 「ながらへば」は「ながらふ」の未然形に
 接続助詞「ば」がついた言葉です。

 「永らへば」と書きます。

 その意味は「長生きをする」「生き長らえる」になります。


*「しのばれむ」とは、
 「懐かしく思い出す」という意味になります。

 「しのば」は動詞「しのぶ」の未然形、
 「む」は推量の助動詞「む」の連体形です。


* 「憂しと見し世ぞ」とは、
 「辛いと思った時代」という意味になります。

 「今は恋しき」に続いていますから、
 辛い時代でも懐かしく思える、
 そのように思ったのですね。


 人間には、つらい事に合う時もあります。

 しかし、過ぎてしまったなら、
 それを懐かしく

 「あのつらいことがあったから自分は成長できた」

 と思うことができるのです。



 人物


*藤原清輔は、藤原顕輔
 (第七十九番「秋風にたなびく雲の絶え間より」の作者)の
 子供で、清輔は当時定家の父藤原俊成と
 二大宮廷歌人として名高く、
 和歌の家元といえる六条家の名を
 不動のものとした歌人です。


 しかし、その後南北朝時代に
 その家は断絶してしまいます。


 今も続いている六条家は、
 村上源氏の系統で和歌の家元ではありません。

 和歌の百科全書ともいえる
 『袋草子』や『和歌初学抄』は
 この藤原清輔が書きました。



 かるた一口メモ

 「なが」で始まる歌は二枚です。




 この歌は「ながらへば」の三音
 「ながら」で取れる三字決まりの札です。



 もう一枚は「ながからむ」で、
 下の句は「みたれてけさはものをこそおもへ」です。



 こんど「なが」と詠まれたらその札を取って下さい。