本稿は8月7日の續きです。
http://ameblo.jp/kotodama-1606/entry-11588087759.html  





愛國百人一首教則本    

  編著   小 林  隆






【參考文獻】

・『愛國百人一首評釋』    川田 順著・朝日新聞社刊
・「愛國百人一首通釋」    坂口利夫著・五車書房刊
・日本古典文学大系『萬葉集』第一巻~第四巻 岩波書店
・『萬葉集評釋』      山路光顯著
・『人麿と其歌』      樋口功著
・『柿本人麻呂』      武田祐吉著
・『萬葉集古義』      鹿持雅澄著
・『吉野朝悲歌』      川田 順著
・『少年日本史』      平泉 澄著
・『神皇正統記評釋』    大町芳衛著
・『國史と日本精神の顯現』 清原貞雄著
・『保田輿重郎集』別巻一  保田輿重郎著
・『平家物語』 
・國史と日本精神の顯現   清原貞雄著
・『高山彦九郎日記』     高山彦九郎先生遺徳顕彰會篇
・高山彦九郎『朽葉集』   矢島行雄編・日本書院刊
・『吉田松陰全集』      山口縣敎育會編纂
・『吉田松陰』         玖村敏雄著
・『弘道館記述義小解』   伊藤虎之亮著
・日本二千六百年史     大川周明著
・句集『愛國』         田畑益弘著




愛國百人一首評釋 55



55 楫取魚彦  (かとりなひこ)

  江戸時代中期

  國學者・賀茂眞淵門下四天王



*楫取魚彦の画「富士山」(板橋美術館所蔵)



すめ神がみの天降あもりましける日向ひむかなる
   高千穂の嶽だけやまづ霞むらむ
    (家集)


《歌意》
 立春近くになつて、山々は霞みそめるが、天孫降臨の日向の高千穂嶽こそ、先づ最初にかすみそめる事であらうと関東のはてから、遥かに想ひやる事であるよ。




*高千穗の峰(宮崎県)


◇楫取魚彦家集に
 「春の初めの歌」と題して載せられてゐます。

 安永五年、五十四歳の時の作。


◇初句異本には「すめ神」が「皇孫すめみま」となつてゐます。
 果してさうならば、その方が歌として一層よろしい、
 と川田順氏は述べてゐます。


◇「春立てば」「霞棚引く」といふことは
 古來歌人の定石的季節感で
 「霞棚引き春は來にけり」といふ
 類想類型の歌の夥しきに堪へない。

 その中に在つて、
 魚彦の一首は群を抜き、撰を異にしてゐる。

 そして、年の始、春の始に
 神代を偲ぶ歌は古今あり餘つてゐる。

 高千穂を詠じた歌も無いではない。

 乍併しかしながら、「すめ神の天降りましける」と
 大きくずばりと歌ひだした歌は無い。

 雄々しさ、素晴らしさを感ずる歌である。


◇我が國には山は多いけれども、
 立春の兆しなる紅霞のいち早く棚引く處として、
 天孫降臨の高千穂ほどふさわしき髙岳があらうか。


◇關東の一布衣、西天遙かに
 神代の山を想像して、かやうに詠んだのである。

*以上の解説は川田順氏の解説です。


◇作者の楫取魚彦は
 下総の香取郡佐原(現在の千葉県佐原市)の
 名主伊能家に生れ、十三歳で名主を嗣いでいます。


 伊能忠敬との關係は文獻上は出てきていませんが、
 伊野忠敬は寶暦十二年(1962)に
 佐原の伊能家に婿養子に入つてゐます。



*伊能忠敬(伊能忠敬記念館所蔵)


 こちらは、商家であつたやうですが
 魚彦の伊能家との關係は
 あつたのではないかと思はれます。


 魚彦は、明和二年(1965)には賀茂眞淵の門人として
 學問を深める爲に江戸に出て、
 その後佐原には歸つて居ません。


 もし、接點があるとしたら
 ほんの數年ぐらいのものではないかと思はれます。


◇楫取魚彦は、江戸に出て
 賀茂眞淵と軒を並べて住み、
 加藤宇萬伎・橘千蔭・村田春海と共に
 縣門四天王と稱される。


 賀茂眞淵没後は縣門の指導的地位に立ち、
 各地の大名をはじめ全國に多數の門人を持ち
 國學の普及に努めました。

 契沖、眞淵の後を受けて
 歴史的假名遣の研究や萬葉集研究に取り組みました。

 天明二年(1782)三月二十三日、浜町にて逝去。


◇編著には仮名遣辞典『古言梯(こげんてい)』、
 萬葉集秀歌撰『萬葉集千歌』をはじめ、
 『續冠辞考』『萬葉名所歌集』『萬葉集新釋』などがあります。



□楫取魚彦のその他の和歌


 春の海とふことを

天雲の向伏むかぶすをちのわたつみの
  霞める方かたゆ船ぞみえくる


《歌意》
 天の雲が垂れ込めてゐる遥かな海の霞んだ彼方から、船があらわれ、段々はっきりと見えて來るよ。


  詠鯨

大海おほうみに島もあらなくに沖邊おきへゆも
  大島なして鯨寄り來

《歌意》
 大海に島もありはしないのに、沖の方から大きな島のようにして鯨が寄って来るよ。