推し活文化の功罪を考える | 寝ぼけ眼のヴァイオリン 寿弾人kotobuki-hibito

ここ半年くらい、いわゆる「推し活」というものをしています。

私の場合の「推し」は、ユーチューブのゲーム実況者。

 

ここ20年くらいで推し活はずいぶん多くの人にとって身近なものになりつつあるような気がします。

昔の職場の女性陣には筋金入りのジャニヲタはちらほらいましたし、同年齢の職場の同僚の奥さんは羽生弦さんの追っかけでしたし、かなり年上の私の従姉(70歳の美魔女です)は歌舞伎の市川海老蔵(旧名)の追っかけです。

 

「推し」がいることの何がいいかといえば、人生にハリができること、場合によっては強力な生きがいになることです。

人間は誰しも孤独ですし(これはおそらく結婚していても、です)、キラキラしたものへの憧れや妄想を持つことで、砂漠のような心に、まるで魔法のように潤いを取り戻してくれます。

 

人生にハリを持たせるには、熱中できる趣味があればいいわけですが、「推し活」の場合、熱中できる趣味となるだけでなく、推しという相手への恋情(場合によっては欲情?)も生んでくれるので、生きているのが楽しくなる効果は非常に高いわけです。

先日、昔の職場の同僚の愚痴を聞いた時に、即座に勧めたのが「推し活」でした。この方、苦労して管理職になった女性で、ちょうど50歳になって鬱になったそうです。「なんか微妙な年と感じる」とおっしゃっていたので、「お気に入りの推しメンでも見つけて楽しんだらどうですか?きっと潤いが戻りますよ」と申し上げました。なんのことはない、もうかっこいい俳優さんの推し活を始めていたそうで、「仕事は適当に切り上げて、推し活でルンルンが正解かもね」という結論になりました。

 

今の日本は「猫も杓子も推し活」というくらいに、推し活が多くの人に浸透していますが、なぜ、推し活はこんなに人気があるのでしょうか?

 

まあ、ズバリ、お手軽だからでしょうね。

 

やはり実際の人間関係は疲れます。職場で上司や部下とぶつかりあい、家に帰ってきても妻や子供とぶつかりあい、それでも納得がいかないまま孤独を感じて、神経を擦り減らす。

人間関係には楽しいこともあるはずなのですが、「アットホームに言いたいことを言い合って、それでも笑い合える仲」なんてものは、いまの社会では家族同士だって稀になりつつあるかもしれません。

よしんば、コンプライアンスとハラスメントを意識せざるを得ない職場ではほぼ無理です。

ハラスメントの意識が希薄な職場だと、その結果、誰かが被害者となって煮え湯を飲むことになりますし、ハラスメントの意識が高すぎても、ハリネズミ同士が相手を傷つけないように距離をとるかのごとく、親密な関係は生まれにくいものです。

 

そんななか、推し活は、「するほう」にとっては「安心・安全」。

よく知らない相手のことを、遠くから見守り、わずかなことでドキドキするのが基本なわけで、それに満足できさえすれば、実社会で待ち受ける不愉快な思いをしたりとか、組織で村八分にされたりとか、人間関係で神経を擦り減らす危険が鼻からないわけです。(もちろん、「推される対象」は危険がいっぱいです。推し活する人間は「自分が傷つけられることはない」と言う点で全能なわけですから、常識知らずの少数の追っかけたちはいつでも「応援することのどこが悪いわけ!?」と開き直って、「好き好きアピール」を繰り広げるわけです。こうした熱狂がいつもトラブルを起こします)

 

話を元に戻しますと、推し活は本当、うまく付き合えば、安心・安全な最強の生きがいになります。

まあ、いまの若い人たちが結婚に積極的でないわけも、経済的に苦しいという理由もあるでしょうが、生きがいとなりえる推し活がそこらじゅうに転がっているから、という側面もあるような気がします。

多くない給料のほとんどをアイドルの推し活の活動費に長らく充てていた女性を私は知っていましたが、「推し活」があるから、人生は希望に満ちたものになった、というのは彼女にとっては真実だと思います。

こうした状況では、実際の恋愛や結婚は、色褪せて見えることでしょう。

「付き合ったら付き合ったでストレスが溜まる」

「相手に気に入られるように気を遣うのがめんどくさい」

「そもそも大変で無理ゲー」

本当、リアルの恋愛や結婚はいいことがほとんどありません。しかし推し活はマナーを守りさえすれば、誰にも迷惑を掛けず、自分も傷つかずに、手軽に幸せを手に入れることができます。

 

ここまでが推し活の功罪の「功」の部分です。

とはいっても、多くの人がストイックに「遠くから応援していれば満足」とお行儀よく推し活をしていても、その推し活の原動力は憧れであったり、恋情であったり、欲情であったりです。話がまた変わりますが、エンターテインメント産業は、こうした人々の情熱をうまくビジネスにすることで収益を上げてきたということは事実です。そこも私たちは理解しておくべきでしょう。

 

アイドルという英語の意味は「偶像」です。

エンタメ産業は、歴史的に、抜きんでた才能を持つ人をいち早く見つけ、その才能を広める過程で偶像化することで発展してきました。戦後で言えば、荒廃した日本の「見世物興業」をすべて仕切ったのは暴力団でした。ですから、永遠の歌姫である美空ひばりさんは、その才能が素晴らしくても、暴力団の組長のバックアップなしでは地位を築けなかったのではないかと思います。

ジャーニー喜多川さんが、自分の気に入った、自分に従順な男の子をデビューさせて、その将来を保証できたのも、ある意味、ジャニーズ事務所が暴力団と同じ力を持っていたからです。

長らく日本の芸能界はこうした閉鎖的なブラックボックスで運営されてきました。いまでもその伝統は残っています。

こうした古典的なエンタメ産業の仕組みで重要なのは、「多くをブラックボックスにする」という点です。スターの私生活は完全に謎に包まれなくてはなりません。イメージアップの記事を書かせ、スキャンダルはもみ消し、情報統制で徹底的に「スター」というアイドル(偶像)を作り上げるのです。

これが、もともとあるずば抜けた才能に、まばゆい強烈な「偽オーラ」をまとわせ、巨万のファンと富を生み出す錬金術です。

 

こうした流れに一石を投じたのが秋元康さんでした。

私は「推し活」を本当の意味でメジャーにしたのは、秋元康さんではないかと思っています。

どこにでもいそうに見える女の子たちを集めたAKB48の誕生です。

 

秋元さんは秋葉原の小さな劇場をAKB48の活動拠点に選びました。客と演者が近い関係を作るためです。「握手券」も考案しました。「CDを買えば、推しと握手ができる」というシステム。このため、一人で数百枚のCDを買うというファンも現れました。当時のオリコンチャートはCD売り上げで集計されていましたから、このシステムはAKB48をビッグアイドルに押し上げました。さらに「総選挙」を導入しました。自分の推しを競わせるシステムを作ることで、「自分たちが自らの手で支えるアイドル」という幻想の場を提供したわけです。

こうしたシステムは、キャンディーズの熱狂から始まった新しいファンのムーブメントにヒントを得て、秋元氏がエンタメビジネスとして構築したシステムでした。

 

このシステムには、いま現在、「推し活」と考えられている理念や仕組みのほぼすべてがあります。もっとも重要なのは、「一市民が自らの手でアイドルを支えている」という実感でしょうか。この実感があるからこそ、推しとファンの間には、得体のしれない一体感が醸成され、推し活をさらに活気のあるものにしていくのです。

このシステムは実によくできているので、さまざまな形でさまざまな業態でパクられました。

 

この「推し活システム」の罪の部分を考えていきましょう。

 

AKB48の誕生後、このシステムは、雨後の筍のように出てきた地下アイドルで模倣され、メイド喫茶などのコンセプトカフェでも取り入れられました。そしてほぼ詐欺ビジネスに限りなく近い形で取り入れられたのが、キャバクラやホストクラブです。

 

私の拙い理解で言えば、かつてのホストクラブは、金を持った有閑マダムかキャバクラ嬢やソープ嬢が常連客だったと思います。いっぱいの水割りでいくら取られるかもわからない店に、一般の女性客が入るのは怖いという意識があったからでしょう。さらに言うと、高いお金を払って、そこらにいそうなこぎれいなお兄ちゃんと酒を飲んで、はたしてそこまで楽しいのか、という意識もあったと思います。かつての常連客だったような有閑マダムは、「金払ってんだから、もっとサービスせい!」と説教するくらいの横柄さでホストに接していたのではないかと想像します。実際、十数年前までホストクラブ自体、あまりありませんでした。

 

ここ十数年で売り上げを劇的に伸ばしたホストクラブやキャバクラが導入したのが、「推し活システム」です。

どこにでもいそうに見える「雰囲気イケメン」たちが狙うのは、「あなたが私を支えている」という一体感です。

かつてはホストも男らしさや人生経験の豊富さを売りにした時代もあったかもしれません。

いまは違います。

宣材写真には、アニメの2.5次元風メイクを施したホストが並びます。ちょいわるのアイドルっぽい雰囲気を狙っています。

彼らは客に寄り添い、客と手を取り合い、ホストの夢を叶えていく。「あなたなしでは、私は生きていけない」

ホストの夢は客の夢。「あなたのおかげで私は夢を実現できる」

そしてその夢の先にはホストとの幸せな人生が待っているかもしれない。「ナンバーワンになったら結婚しようね」

 

これはただの結婚詐欺なのですが、通常の結婚詐欺にかからない女性が、なぜホストの甘言には騙されるのか?

それはそのクラブの仕組み作りがうまくできているからです。

こんな具合だと思います。

ほかのホストのためにドンペリのシャンパンが盛大に開けられるのを見せられ、自分の目の前には売り上げが悪くてつらそうな顔をした馴染みのホストがいる。気の毒になってそのホストのために最初は、おそるおそる安いシャンパンを頼む。そのホストは健気にも精一杯喜んで嬉しがってくれる。

こうしたことを繰り返しながら「俺もいつかはナンバーワンになってみたいな」などと吹き込まれる。

時折、別の馴染みの客が目の前で高いシャンパンを注文し、そのホストがその客の方に行ってしまい、悔しい思いをする。ホストはあとで「あのお客さんはたくさんシャンパン頼んでくれるけど、本当はあなたに頼んでほしいな。あの人は好きじゃないからさ」と耳元で囁く。

こうしたことを繰り返していくと、人によってはズブズブハマっていく人がいるものです。

そういう人には「いまお金がなかったら俺が立て替えておくから。ありがとうね」とツケシステムを利用し始め、しばらくしたところで「返済してもらわないとさ。俺のためにお願いします」とソープランドを紹介される。金づるが逃げないよう、「一緒に住もう」と誘うこともあるだろう。

 

ここではAKB48の「総選挙」システムや、「CD売り上げで握手券入手」システムと同じ仕組みが大活躍しています。

「推し活」はもともとエンタメ産業が新たな形態で金儲けをするために編み出されたシステムでもあることを私たちは知っておく必要があります。

 

なぜAKB48が一時代を席巻したか?

それは選ばれたメンバーの努力や才能もあるでしょうが、最大の理由はその集金システムの見事さです。

そしてこの集金システムのえげつなさも、大規模に行っている分にはとりたてて話題にもならず、誰も搾取ビジネスとは思いませんが、ホストクラブという狭い閉じた空間で集金を効率化させるとほぼ詐欺行為と変わらない様相を呈してくるわけです。

 

実はユーチューブでもこのホストクラブと似たようなシステムがあります。「スパチャ」と呼ばれる投げ銭です。誰がこの仕組みを最初に考えたのかはわかりませんが、よく考えられた集金システムだと思います。これは前述のホストクラブでのシャンパンみたいなものです。

生配信中にお気に入りの配信者に対し、高額の投げ銭をしたとする。ほとんどの人は反応しませんが、少数の人は「なんか投げた方がいい?」みたいになってつられる。コメントも読んでもらえるので一度優越感を覚えれば、だんだんそれが快感に変わっていきます。客層によっては配信者の気を惹こうとして競い合うように投げ銭が乱れ飛ぶ大衆心理も生まれます。

おそらく多くの人は「5万円の投げ銭」と聞けば「気が狂っている」と思うでしょう。5万円あれば、一人分のほぼ一カ月の食費に相当するかもしれません。しかし「握手券」を求めて、同じCDを100枚買うファンがいることを考えれば、そういうことは簡単に起こるものです。それは根本的には、ホストクラブで、気が付いたらドンペリを何本も開けていたというのと変わらない心理です。

 

推し活は人生に色取りを与えてくれます。

しかしのめり込み過ぎると人生を破壊することもあります。

なにごとも、ほどほどが大事ってことですね。