不吉な死への不安 | 寝ぼけ眼のヴァイオリン 寿弾人kotobuki-hibito

昨日は、ヴァイオリンの練習を再開した。

おとといは、すでに友人とも言える70歳と80歳の先輩と合計4時間も電話で話をした。

そしてきょうは、かつての職場で腹のうちがお互いよく分かっている戦友と飲む。

 

母が亡くなってから、パワーが半減したような感じはあるものの、だんだん日常を取り戻しつつある。

はずなのだけれど・・・・・・。

 

なんだか、自分が癌ではないかという不安があるのだ。

3週間前のことだ。口腔癌ではないかという不安がよぎったが、入院していた母の体調が悪化して、そのまま亡くなったこともあって、いまもそのまま。

そしたらここ数日は、大腸癌ではないかという不安に襲われている。

もしかしたら自分の体は病魔に蝕まれているのではないか。

 

少なくとも新年明けには、どちらも検査をしようと思っている。

 

私はこれまで大病がまったくなかったので、「自分は大丈夫」という根拠のない自信があった。

今回もこれまでのように「大丈夫」と思おうとする自分がいる。

曰く「緑茶を飲んでいるから、ポリープはあっても癌にはならないはずだ」とか「自炊して食生活も以前よりいいわけだから」とか。

でもそれらはまったく根拠がない、ということも心の片隅で分かっている。

 

死は誰にでも突然やってくる。

 

そしてやはり、まだ死にたくないのだ。

「孤独死なんて怖くない。人は誰でも死ぬのだから」などと言ってきて、自分はかなり強い心を手に入れたような気でいたけれど、「ああ、まだ本当の地獄は知らないし、それへの覚悟はできていなかったのだな」と気づかされた、というわけだ。

ちなみに物語を書く上では、こうした気づきは大切で、ものすごい気丈な人でも「癌です」と言われたら、その瞬間に心が折れるものなのだな、と実に克明に想像できる。そしてその後の闘病での気持ちと、死んでいくときの気持ちも、である。

 

これにはやはり母の死に様が大きく影響している。

 

母は何度も軽い脳梗塞になり、その結果、認知症になり、まずはそこで地獄を見ている。

「艱難なんじを玉にす」が口癖だったので、精神的にはタフな人だったはずだが、自分の能力が崩れていくのは誇りを傷つけられ、なかば自暴自棄になったと思う。

そのまま静かに死ねれば話は簡単だ。

施設での暮らしが4年ほどたつと足腰も弱くなり、脳動脈の腫瘍が破裂するリスクや、心臓の不整脈による狭心症のリスクなどがあったので、私としては、ある日、静かに亡くなるものだと想像していた。

ところがだ、去年、母は脳卒中で倒れた。

母は生前から延命治療を拒否していたから、我々息子もそうした治療は行うつもりもなかった。

 

簡単に死ねれば本当、それに越したことはない。

ピンピンコロリは、誰もが憧れるものである。
母はその脳卒中で、半身不随、話せないし食べられないという状態で生き延びてしまった。

これは母にとってはかなり厳しい計算違いだったと思う。

 

そう、神様は人を簡単に殺してくれないのだ。

そのくせ、絶対に死にたくないときに、あっさり殺したりする。

 

私も母の気持ちを通して体験したが、「涙も出ない絶望」とはこのことである。

本当に悲しいときは、暗澹たる、広大な砂漠のような虚無が心に広がるだけで、涙など決して出ない、というのは、このときに学んだものである。

自分が半身不随であるという現実を受け入れがたくて、できればこのまま死にたいと思う気持ち。

これについては去年の今頃、このブログに記した。

それから息子達の温もりを支えに、この受け入れがたい現実のなか、母はよく生きたと思う。

介護士にベッドに横たえられ、赤ん坊のように下の世話もされ、食事も自分でできない状況に対し、母は「なんてひどい生き様」と何度思ったことだろう。少なくとも認知機能が完全になくなってしまえば、楽だったのだが、皮肉にも、人の本能は死を目前にして、失われた機能をも復活させてしまう。

それでも母はやがて来る死に向けて、もう一度、覚悟を決めて背筋を伸ばし、息子達に笑顔を見せた。

その意思の強さには、立派としかいいようがない。

 

私は、ここまで頑張って母は生きたのだから、当然、そのご褒美として、その死は眠るように安らかなものになるだろうと勝手に思いこんでいた。

 

ところがだ。

母の最期はそれはそれは厳しいものだった。

痛くて辛くて眠ることもできない。

苦しんだのが3日間とちょっと、であったのがせめてもの救いである。

 

人は簡単に死ねないのだ。

これ以上ない絶望の中で怯え、拷問のような痛みに苦しみ、のたうち回りながら死んでいく。

 

そう、そんなものを私は2週間前、目前で見ていた。

 

だから怯えるのだ。

自分が癌だったらどうしよう、と。

 

生きるのが辛いのはまだいい。

それは納得がいく。

しかし死が目前にあって、死ぬのにものすごい苦痛を与えられるとしたら?

そうしたものを受け入れながら、果たして自分はどこまで正気でいられるのだろうか?

 

母の死に様によって、死への不安がしっかりと私に根を張ったのは確かである。

そして何か物語を作り上げる前に、私が死んでしまったら、それは何の役にもたたないけれど、

もしも私が運良く、あと数十年生きられて、何かの物語を作り上げられたなら・・・・・・・・

母の死に様が私に残してくれた不安は、非常に価値のある贈り物だった、ということになる。

 

まあ、どちらにしろ、ウジウジ言ってねえで、なるはやで、検査にいくっぺ!