今回のお話は恋愛ではありません。

ちょっと、書きたい気分になったので書き始めたものなので、恋愛小説以外が好きでない方はお避け下さい。

よろしくお願いします。

読んだ後に、苦情を言われても困ります。


ここに恋愛以外なので、Not恋愛が好きでない方は読まないでください!


と、書きましたからね!!

それでも良いという方だけ、下からどうぞ。












『 花よりも、なお ~1~ 』 (Not 恋愛)



 背筋を伸ばし、誰よりも愛らしい彼女は、誰よりもこの場に相応しくない服を着て、目を閉じていた。

 冷静で悟った感じ、あるいはふてぶてしい態度で、何一つ悪びれている様子はなかった。時折、周囲が騒がしくなり小さな罵倒が混じるが、それさえも気にも留めていない。それはいっそ清々しいとも思えるような、もちろん思ってはいけないのだけれども。

 不意に視線を感じて目を向ければ、誰かの親なのだろう。彼女が憎悪を向けて私を見ていた。逆恨みも甚だしい――私は頼まれただけで、決して彼女の味方ではない。ただ、世間一般のイメージはきっと違うのだろうけれども。

 ため息を押し殺すようにして息を吐いたのち、隣の彼女にそっと声をかける。

「・・・心の準備はいいですか?」

 これから殺人で裁かれる相手に、何を聞いているのか。内心、苦笑しながらも、私は彼女の答えを待つ。

 わずかに開かれた瞳は正面を見据え、それから伏し目がちに私の方へ流れてきた。同じ性別である私でさえドキッとしてしまうのだから、異性であれば間違いなく心を奪われることだろう。

 そしてこぼれてきた声は天使のように、慈悲深く聞こえた。

「ごめんなさい、弁護士さん」

 何度聞いても、この人が殺人者とは思えなくて、そのたびに背筋が凍る気がした。想像することが難しいのだ、彼女が人を殺している時の顔を――。

「・・・弁護士さん?」

「あ、はい」

 耳と目を向けると彼女は柔らかく微笑んだ。

「ご迷惑、おかけいたします」

 彼女の家――橘家の当主らしき威厳を持った表情であった。

 橘夕帆(たちばな ゆうほ)、もしかしたら彼女もまた被害者であったのだろうか?

 弁護士にあるまじき考えを振り棄てるようにして、仕事ですから、と答えれば、彼女はさらに言葉を付け加えた。

「いいえ。今回の件のことではありません」

「え?」

「・・・あなたには苦労をかけることでしょう。でも、きっと、世界で一番有名な弁護士になれると思います」

 今度の笑みは当主のものではなく、本人の笑顔だろう。儚くて、何よりも誰よりも泣きそうな顔をしていた。手を差し伸べなければ倒れてしまいそうなほど、悲しい笑み。

「橘、さん?」

 問いかけようと口を開く前に裁判長の声が響いた。

「静粛に! これより、○○駅構内殺傷事件を開廷します。被告人、橘夕帆、前へ」

 線の細い彼女がゆっくりと立ち上がり、一歩を踏み出す。

 不思議なことに音をさせない歩き方は彼女から人としての重みも消え去らせていた。肩より少し長い黒髪がサラサラと揺れる。

 中央に位置し、裁判官を一瞥する。そして裁判長へ視線を移し、彼女は口を開く。

「嘘、偽りなく、すべてを告白することを宣誓いたします」

 静かな空間に満たされた声は澄んでいて、みんなを魅了し、何よりも静かに犯していく。

 私たちはこの時、誰ひとり知らなかった。彼女の物語を、壮大で悪意に満ちた人生の何一つを知らなかったのだ――。


何が起きたのかまったくわからなくて目を瞬かせていれば香月さんのキツイ言葉が続いた。


「随分、図々しくなったね。わたしに遠慮しないで? 何、それ。誰も遠慮なんてしてないし、そもそもなんでそんなに卑屈になってるのよ」

「・・・」

「確かに彰くんには連絡した。だけど、それは隼の番号をしらなかったせい」

「・・・」

「今後も彰くんに連絡したいとき、彰くんから連絡来たときは、いちいちあなたを通さなきゃいけないのかしら?」

「・・・」


そんなつもりで言ったわけじゃない。

だけど・・・言葉が出なかった――。


「瀬尾。私はあなたが彰くんを好きだと言うのなら応援していたと思う。彼は良い子だし、何よりも不憫なくらい人に気を遣う子だから、あなたみたいなタイプとはちょうど良いと思っていた。思っていたけれども・・・今ならハッキリ言える――」



最後の片思い ~ 25 ~



ずーーーーん。

と、沈んでいれば入ってきた千鶴さんが驚いて一歩後ずさった。


「な、何? この暗い雰囲気」

「・・・おはようございます」

「瀬尾ちゃん? 香月ちゃんは?」

「・・・出掛けました」

「出掛けた? ミーティングの予定、だったよね?」


静かにうなずけば千鶴さんは何かを考えて、ため息をついた。

こぽこぽと優しい音が響き、鼻を擽る甘い香り。


「マンゴーティーなんだけど、お客様に出すのに向いてるかどうか、確認してみて」

「・・・はい」


こくり、喉を通ったお茶は何かを安心させてくれる。

そしてポツリ、言葉があふれた。


「・・・わたし、怒らせる、気、なかったんです・・・」

「うん」

「・・・ただ、彰さんが香月さんと連絡、取り合いたいって、言っていたから・・・だから・・・彰さんは、本当は、香月さんのことが、好きなんだって・・・」

「うん、それで?」

「だから・・・でも・・・諦められなくて・・・」

「うん」

「香月さんに言ったんです」

「何を?」

「わたしに、遠慮、しないでください、って」

「・・・・・・そっか」


困った顔して微笑む千鶴さんは何もかも悟っている。


「それで、香月ちゃんに叱られたと思ってる?」


不意に――思いもよらない言葉を怪訝に思えば、千鶴さんはやっぱり困った笑みを浮かべていた。

それは、つまり。

わたしが思っている叱られた理由と、香月さんが怒った理由が違うこと。

いったい、何が違うのだろう?

回答を求めて、千鶴さんを見れば彼女が小さく首を振る。


「・・・香月ちゃんって本当に天邪鬼だよね」

「え?」

「もっとハッキリ言ってくれなきゃわからないのに、いつも肝心なところはうやむや。だけど、妙に的を射たこと言ってたりするから、こっちは本気で悩むんだよね」

「・・・」

「香月ちゃんが一度でも、彰くんのことを恋愛感情で好きって、言った?」


小さく首を振る――言っていない、と。


「香月ちゃんも。もちろん、私もそうだけど。瀬尾ちゃんが可愛くて仕方がないのよ。私たち一人っ子だから、妹がいたらこんな感じなのかなって、いつも話すの。特に香月ちゃんはご両親が共働きのせいもあって、小さい頃からいつも一人だったの。だから、瀬尾ちゃんが本当に可愛いのよ」

「・・・ありがとうございます」

「うん、どういたしまして」


千鶴さんの言いたいことがよくわからなくて、ハテナを浮かべていると、千鶴さんが綺麗に笑った。


「妹が卑屈になったときに手を差し伸べるだけが優しさじゃ、ないでしょ?」

「え?」

「遠慮、って言ったよね」

「あ、はい」

「瀬尾ちゃん! 香月ちゃんが遠慮するタイプに見える?」


失礼かとは思ったけれども、首を振れば、千鶴さんは大きくうなずいた。


「香月ちゃんは遠慮しません。思ったことも、感じたことも、素直に表現する子なんです。だから――遠慮しなくていいんだよ」

「え」

「香月ちゃんの気持ちを考えて、遠慮していたのは瀬尾ちゃんでしょ? でももっと素直に自分の気持ちを表現しなきゃ。彰くんがどう思おうが、香月ちゃんが何を感じようが関係ないよ。好きな気持ちにブレーキをかけないの。いったん走り出したら走りぬけなさい! そうしないと、後で悔いばっかりが残って全然楽しい恋だったって思えないから」


遠慮していたのは――わたしだったの?



長い沈黙。

大きく息を吸って、それから吐く。

ドキドキする心臓を抑えるのが難しくて、でも真剣に向けられた眼差しをそらすことなんてできない。

大きな深呼吸をしてから真っすぐ見据えれば、相手も確実にその視線を返してくれた。


「・・・――あの、わたし!」

「・・・」

「・・・・・・好きです・・・・・・」

「・・・ありがとう。私も瀬尾のこと、好きだよ?」


なぜか疑問形の答え。

でもわたしが言いたかったことはそうではなくて。聞いてほしかったことはそうではなくて。

言ってもらいたかった言葉はそうではない――。


「・・・・・・わたし――」

「うん?」

「――・・・・・・彰さんのこと、好きになり始めてるんです!」


言い切った。

言い切って、相手の表情を確かめるように目を向けると、なぜか何とも言えない顔をしている。

その表情の真意は何?



最後の片思い ~ 24 ~



「・・・」

「・・・」


二人の間に流れた微妙な沈黙。

困っていればため息が一つ。


「知ってたけど、どうしたの? 突然」


香月さんの冷静な声に驚くのは私のほうだった。

知っていた?

どうして?

私だって昨日気がついたのに、正しくは一昨日の夜だけど。最近気がついたことなのに、どうして知っていると言うのだろうか?

思ってもみない回答に混乱していれば、香月さんは首を傾げた。


「だって・・・意識・・・してたよね?」

「いいえ?」

「・・・」

「? ? ?」


意識していたつもりなんて一つもなくて、わからないからまた首を傾げてみれば、香月さんの眉間に小さなしわが寄った。


「彰くんと連絡取り合ってたから、てっきり好きだと思ってた」

「――!!」

「違ったの?」

「連絡取り合っていたのは香月さんじゃないですか!」

「へ?」

「・・・彰さんから・・・連絡、来てましたよね?」

「・・・・・・――ああ」


何かを思い出した香月さん。

そして次の瞬間、眉根がグッと寄っていた。


「隼の連絡先知らなかったから、電話したけど、それが?」


明らかな不機嫌。

まるで怒っているような感じにも思えて、一瞬言葉が詰まってしまった。


「・・・瀬尾、さ。何が、言いたいの?」

「え?」

「彰くんのこと好きなのは理解した。それで、それは宣言なの? それとも嫉妬? 威嚇?」


宣言?

嫉妬?

威嚇?

どういうことだろう。わたしはただ、彰さんが好きで、香月さんも好きだから・・・だから・・・。


「私に彰くんと話すなって、言いたいの?」

「違います!」

「じゃあ、なに?」

「――・・・・・・わたしに、遠慮、しないでほしいんです・・・」


言いたいことを言った瞬間――乾いた音が響き、頬に熱を感じていた。


「あんた、最低だね」

考えたって仕方がないことだってある。

人が人を好きになることはすごく自然で、特に千鶴さんや香月さんのような女性は同性の私から見ても素敵なんだもの。

きっと彰さんだって好きになる。

それはすごく嬉しいことのはずなのに、素直に喜べないのは私の心が狭いせいなのか。

それとも・・・引き返せないところまでどっぷり彼に惚れているせいなのか?



最後の片思い ~ 23 ~



奈々子ちゃんとのお昼はいつも楽しいはずなのに、今日は何を食べても砂を食べている気分。

咀嚼する食べ物すべてが味気ない。


「・・・ハルナ?」

「ん?」

「何か、嫌なことでもあったの?」


奈々子ちゃんはいつだって直球勝負。

絶対に変化球は投げてこない。

それでもバッターボックスに立っている人間の気持ちを読むことは上手だから打たれることは、まずない。

そうして短い沈黙と、長いため息の後に続いた言葉は少しだけ悲しいもの。


「・・・好きになりかけていた人が、香月さんのこと、好きだったの・・・」

「――・・・」

「なんか、気が抜けっちゃった」

「・・・それ、本気で言ってる?」

「うん。どうして?」


奈々子ちゃんはまっすぐ私を見て、大きくため息。


「自己解決の結果じゃ、ないの?」

「・・・」

「全然気が抜けたって顔じゃないよ。むしろ、逆。悲しくて悲しくて、それなのに諦めきれない気持ちでいっぱいって顔」

「・・・」

「あいつと、別れたって言った時の顔よりもなお、酷い顔、してるよ」


それは、奈々子ちゃんに指摘されなくても気づいていた事実。

だってすごく――心が痛い。

別に大したこと何も話していないと思う。

普通にメールして。

普通に電話して。

普通にお友達になって。


普通の――友達だと思っていた。


全然、普通なんかじゃないって気がついたのは彼が香月さんと連絡を取り合っていると知ってから。

どうしてもっと早くブレーキをかけなかったのか?

私が香月さんを尊敬して、大好きなのと同じように、彼だって香月さんと会っているのだからそうなることは必然なのに。

恋は落ちるもの、なんて言うけれど、まさにその通り。

落ちた時はもうどうすることもできないくて。

もがくだけ、無駄。


「・・・香月さんと・・・」

「うん?」

「・・・香月さんと彼なら、並んでいてもお似合いだから。しっかり者の香月さんと――」


優しい彰さん。

ふんわり笑う彰さん。

メールでも人を気遣うことのできる彰さん。

かっこいいけれども可愛い彰さん。

人を偏見なく見れる彰さん。


・・・どうして、――。


「ねえ。泣いてる」

「え?」

「涙、こぼれそう」


奈々子ちゃんに言われるまで全然気がつかなくて、私はあわてて涙を拭う。


「ねえ」

「うん?」

「どうせ振られるなら、ちゃんと自分の心に区切りをつけてきなさい!」

「?」

「告白してこいってこと!」


すごく当り前の答えだったけれども、考えていなかった答えに目を見開き驚いていたのは昼休みが終わる10分前の出来事。


繰り返される他愛もない会話。

錯覚を起こしてしまいそうになる、言葉の端々。

私が一般人で、彼は芸能人。

そういうことってすごくどうでもいいことなのだろうか?

それともやっぱりどうでもよくないこと?



最後の片思い ~ 22 ~



時折訪れる沈黙でさえ苦痛でないのは私が彼を嫌がっていないせいだろうか?


「・・・」

『・・・』

「・・・」

『・・・そろそろ、寝る時間?』


少しだけさびしそうに聞くのはずるいと思う。

電話だけど。

電話だから。

彼が悲しそうに上目づかいでこちらを見ているのが想像できてしまう。


「・・・まだ、平気です」


これは本当。

別に2時に寝ようが、3時に寝ようが、翌日は決まった時間に起きることができる。

寝る時間が決まっていないのだから問題はない。

問題は別にある。


『・・・さっきから沈黙が増えてきたけれども、何か心配事? それとも、オレ、迷惑?』


本当に、ずるい。

すごくかっこよくて、それこそ、芸能人の人に迷惑って聞かれて肯定できるわけないよね?

それでなくても迷惑だなんて思っていないのに。

私は少しだけ頬を膨らませ気味に言う。


「迷惑ならとっくに電話、切っています」

『そっか』


そしてドツボにはまっていくんだな。

彼の声が喜びを含んでいることくらい、簡単にわかってしまう。

もともと隠し事がそれほど得意ではない人みたいで、声のトーンに感情が入り混じる。

そういう意味では私とよく似ているのかもしれない。絶対、千鶴さんや香月さんとは真逆なタイプっていうのか。


『また、沈黙してる』

「・・・上司のことを考えていたんです」

『ああ・・・隼と喧嘩した?』


上司と言っただけで勝手に隼さんを想像してくれたので私はそれに乗ることにした。


「・・・香月さん、連絡してくれるって言っていたんですけれども・・・その後、どうなったか、聞いてます?」

『・・・あ~』

「?」

『・・・実は、その件で電話、したんだ』


唐突に電話の内容を言われたけれども、この件が出てくるまで時間はゆうに1時間近くすぎている。

もっとも、話しづらい内容なのかもしれない。

私は眉尻を下げ、彼の言葉を待つ。


『・・・収録中に、携帯に彼女から連絡が入ったんだ』

「そうですか」

『もちろん、収録中だから電話は取れなくて、終わった後にし直したけど』


そりゃ、そうだと思う。

いくら隼さんだって電話してくれた相手を無視することはないだろうし。

そう思って黙っていれば彰さんが気まずそうに言葉を続けた。


『・・・また、喧嘩、してた』


片言だし。

でも、気持ちはよくわかるし。

小さいため息をこぼして、でも、香月さんらしいと笑みがこぼれた。


「香月さんにお願いしてあったんです」

『何を?』

「隼さんに連絡してくれるように。そしてできれば仲良くなってくれるように」

『ああ、でも・・・』

「いいんです。それも含めたお願いです。もし――良い結果でなかったとしても、文句は言わない。隼さんと上手に関係が修復されなかったということに関して、私は口を出さない約束です」

『・・・それは、諦めた方が、いいってこと?』

「どういう意味ですか?」

『もう、香月さんとは連絡を取らない方がいいって、こと?』


不意に湧き上がる、疑問。


「・・・」

『香月さんは迷惑、なのかな、やっぱり・・・』

「・・・迷惑ならそうだとはっきり言うタイプですけれども・・・」

『そう。じゃあ、言われてないなら、まだ、平気だよね?』

「・・・たぶん・・・」

『じゃあ、もう少し連絡してみるよ』


香月さんと連絡を取り合っているのは――誰?

これは隼さんと香月さんの話ではなかったの?

でも、これじゃあ、まるで・・・。