今回のお話は恋愛ではありません。

ちょっと、書きたい気分になったので書き始めたものなので、恋愛小説以外が好きでない方はお避け下さい。

よろしくお願いします。

読んだ後に、苦情を言われても困ります。


ここに恋愛以外なので、Not恋愛が好きでない方は読まないでください!


と、書きましたからね!!

それでも良いという方だけ、下からどうぞ。










『 花よりも、なお ~3~ 』(Not恋愛)




 紫陽花の章


 橘夕帆が生まれたのはここ、東京ではない。山間部の、とても閉鎖的な地域で彼女は産声をあげた。

 調書を取るさいに語られた言葉が事実だったのか、あるいは違うのか。今はそれを確かめる術はないが、それでも彼女の言葉を信じるのであれば、橘夕帆は四人兄弟の三番目に生まれていた。

 橘の祖先は商売に長けており、一代で名を馳せた・・・・・・らしい。らしい、とつくにはそれなりの理由があるが、その一番の理由は、彼らが世俗を嫌い、世間と自分たちを隔離した行為の結果が大きい。

 山を一つ買い取ることくらいなんてことのない祖先だったけれども、彼らは世俗を嫌いながらも人を嫌っていたわけではなかった。それゆえにそこに住む人々を受け入れ、他所から来る人々を招き入れた。そして、そのせいで、彼らは他者から金持ちゆえの迫害を受けることとなったのはもう少し先の話だと言う。

 とにかく、橘夕帆の祖先はそれなり人生を謳歌していたのだ。

 では、なぜ、彼女のような人間が生まれたのか?

 微苦笑は実に妖艶で、悪びれている様子など微塵もない。

「・・・爺様の土地に住む人々は爺様が病床に着いた時、変貌いたしました・・・羨ましかったのか、それとも妬ましかったのか。婆様に土地を明け渡すように迫り、私たち一族を追い出そうとしたのです。もちろん普通の方ならそれに賛同するはずもないですが、人をすぐに信用してしまう世間知らずな婆様は誰に相談することもなく、彼らの書面にサインをしてしまったのです」

 一文無しとなった彼らに村の人間は冷たく、やがて橘の人間は悟ったという。人を信用することに何の価値もないことに。

「野に放り出された時、私は3歳、夏帆は1歳でした。そして爺様は私に言いました――」


 ――呪うのではなく、復讐を誓ってくれ――


 と。

「3歳の子供にそんな誓いを願うなど、酷な話ですよね」

 口元を隠しながらクスクスと笑う仕草は貴族を思わせる。

 上品でいながら、少しもお爺様の言葉を冗談と受取っていないような、そんな雰囲気を漂わせていれば、焦れたのは裁判官の一人だった。

「それのどこが事件なのですか」

 確かに、と思わざるをえない。

 しかしそれさえ彼女は黙殺した。

「爺様を失った婆様はすぐに体調を壊し、儚くなりました。そして残った私と夏帆は過酷な日々を背負わされました」

 橘夕帆と、夏帆?

 確かに3歳の少女と、1歳の弟にとって過酷な日々であったことは確かだと思う。だけど、そこには父親や母親、四人兄弟であるならば残りの兄弟も存在していておかしくはないはずだ。

 だが、彼女は彼らのことを口にしない。

 まるで避けているかのように。

「・・・家族はどうしたのですか・・・」

 同じことを思っていたのだろう。

 裁判官の問い掛けに彼女は首を傾げる。可愛らしく、可愛らしく、可愛らしく。


「だから、残った私と夏帆は過酷な日々を背負わされたと言いましたでしょ」


 一瞬だけ、気がつくまでに時間がかかってしまったけれども、彼女の言いたいことを理解した時、悪寒が走りぬけた。

 彼女にとって――橘夕帆にとって、弟の橘夏帆以外は家族ではない。

 目の前の女性は、残った、と言う。それはどういう意味にでもとりようのある言葉だ。
「・・・まさか、家族を殺したのですか?」

 当然の疑問に彼女は微笑む。

「3歳の幼女に、大人が殺せますか? それは少し、偶像が過ぎませんか?」

 そう、だ。

 その時、橘夕帆はまだ3歳。いくら人殺しであったとしても、この年齢で人を殺すと考えるには無理がありすぎる。

 裁判官の一人が口を閉じれば、彼女は鼻で彼らを笑う。

「そうやって物事を自分の目線から考えるからいつまで経っても真実がわからないのですよ」

「・・・どういう意味だ?」

「3歳が人を殺す最良の歳でなければ、いったいいくつが正解なのですか? いったいいつから人は殺意を抱くと思っているのですか? あなたたちはすべての人間が生まれた瞬間から永遠に善良だと思っているのですか?」


 ――バカも休み休み言った方がいい。


 確かに彼女はそう言った。

 確かに、それについては幾分、賛同してしまうけれども。それでも3歳で人を殺すのはやはり無理だと思う。だけど同時にいくつが正解なのか・・・わからない。

 困惑しながらも橘夕帆の真意を考えていれば、彼女は手のひらを上に視線を天へと向けた。まるで室内なのに雨が降ってきたのかと錯覚してしまう仕草。

「・・・あの日、柔らかな雨が私と夏帆を慰めてくれました・・・」

 儚い瞳は苦しみと悲しみを訴えている。

 一度、ゆっくりと閉じられた目には涙さえ見えそうなほどの潤みを感じた、が。


「ふふふ・・・ふふふ・・・あはははははははは!」


 高らかに笑い声をあげる。

「何がおかしいのですか」

 裁判長の声に悪魔は笑った。

「これ以上ないほど可笑しいですわ。目を閉じれば思い出す――人生最初の殺人は兄だったのですから!」

 俄かにざわめくが、彼女は気にも留めない。

「殺人者はカインではなく、アベルだったのです!」