翻訳ソフトは便利。
でも実は、意外と使えない。
コトバとはとても複雑。
だから日本語と他言語を対比してみても
表裏一体の意味にはならない。
たとえば日本語の『はし』。
翻訳ソフトにローマ字で『HASHI』と打ち込んだら何が出てくるのだろう?
『はし』という日本語はいろいろある。
箸・橋・端…
私たちはこれを、体験の中で使い分けている。
食事中に 「お『はし』取って」 と言えば、箸のことだし
観光地の話をしていて 「有名な『はし』があるよ」 と言えば、橋のことだし
指さして 「その『はし』にあるから」 と言えば、端を意味する。
たとえば英語の『call』。
翻訳ソフトにかけると、訳として出てくるのは『呼び出す』。
でも初対面の人に 「Please call me Hiro.」 と言えば
「ひろって呼んでね」ということだし
「Call me later.」 と言えば、「あとで電話してね」だ。
他にも意味はいろいろある。
辞書をきちんと見れば、コトバとコトバが1対1なんていうことはほとんどない。
そして私たちは、そのコトバや音が持つ意味すべてを合わせて
いくつあるかなんて知らない。
学者でもない限り、数えるようなことはないから。
それだけコトバは複雑。
だから1対1の訳になりがちな翻訳ソフトは、
便利だけどとても危険な落とし穴も孕んでいる。
ロシアから来たR君は、医療系の大学に通っている。
話の内容から薬学部なのかな?と思い、
翻訳ソフトで『薬学部』をロシア語に変換。
途端に「NO!!」と言われた。
彼が言う。
「pharmacy と medical は違う!!」
へ…?
一瞬、彼が何に対してそんなにムキになっているのかわからなかった。
確かに pharmacy と medical は違う。
数分の逡巡の後、ああ…と思い至った。
たぶん彼は、「薬局じゃなーい!!」と言いたかったのだ。
でも私は、薬学部なんていうロシア語は知らない。
そもそもロシアの大学に『薬学部』というものが存在するのかどうかもわからない。
『薬学部』を翻訳ソフトにかけたら、「pharmacy」に相当する単語に変換され
それを彼に見せただけ。
正直、とても戸惑った。
R君、不満そう。
違うものだって言いたいんだろうな…
でも、日本語の『薬学部』を変換したらこの単語になっただけで
悪気はないのよぅ…
私は必死に考え、また入力した。
今度は日本語で 『薬の研究』。
すると彼は大きく頷いた。
なるほど。
私がイメージしたものは、大きく間違っていたわけではないのだと思う。
でも、翻訳ソフトが日本語とロシア語の隔たりを広げてしまった。
さらに、ロシアに限らず、その国によって大学のシステムは異なる。
日本の医療系大学の場合
医学部・歯学部・薬学部・看護学部…なんていう風に分かれているけれど
ロシア人の彼にとって、医学部と歯学部が別なのは理解できないことらしい。
「口だってカラダの一部でしょ?
ロシアでは歯を専門にやるドクターだってカラダのことはすべて学ぶ。
なのにどうして分かれてるの??
日本の“口の中専門医”は体のことを勉強しないの??」
確かにそうだ。
そんなの、私だって不思議。
でも私は医学部卒でも歯学部卒でもないから
そのあたりはわからないのよ…。
さらに言うなら、私の『セラピスト』という職業も、彼を混乱させた。
ロシアで『セラピスト』と言えば、完全に医療関係者を指すらしいのだ。
でも日本で一般的に「セラピスト」は、医療関係者ではない。
日本語とその他の言語のひとつひとつの単語は、表裏一体ではない。
それはわかっているけれど
コトバが専門的になればなるほど、誤解も生じやすい。
改めてそんなことを思った。
ちなみにその後、彼の話を聞いていてますますわからなくなった。
彼は医者になるのか、薬の研究者になるのか、薬剤師になるのか…
今になって思えば
「親は医者と歯医者らしい。たぶんそう言っていた」
という夫の言葉が、私の中に何かしらの思い込みを育んでいたのかもしれない。
だから今は、わからない。
いつかわかる日がくるといいな!