韓国大学生のD君が我家にホームステイしていたとき
カタコトながら私はできる限り韓国語で話していた。
おお!私、こんなに韓国語が話せるんだ~!
なんて自分でびっくりしたりして。
コトバをやっている者にとって、
この感覚が持てるのはかなり嬉しいことだと思う。
といっても、私は今まで韓国語を“学んだ”ことはないし
今まで出会ってきた韓国人は日本語堪能な人か
共通語である英語でのコミュニケーション。
だから私から出てくる韓国語はそんなに難しいものではない。
そんな私が韓国語で彼に何かを言うとき、
1人で楽しみながらニンマリしていたことがある。
それは
「~~~、クリゴ~~~」とか
「~~~、ハジマン~~~」とか
ふたつの文をくっつけて言うというもの。
日本語でいう「それから」「でも」みたいな接続語を使っているわけだけど
何だかちょっと、長い文章が言えてかっこいい!
なんていう、非常に自己満足なものだ。
でもこれがとても楽しい!
そんなことを子どものように楽しんでいた私は、
姪っ子のKが2歳ちょっとの頃を思い出していた。
あの頃、彼女はよくふたつの言葉をくっつけて言っていた。
例えばコーヒーを飲んでいる大人に向かって
「苦いけれどもおいしい?」 とかね。
『○○だけれども△△』
これが、彼女にとっては面白くて仕方ないコトバ遊びだった。
ふたつがくっつくことによって意味が変わる!
もしくは広がる!
そりゃ、おもしろいよね!
奇しくも私は、2歳当時の彼女とまったく同じことを韓国語でしていたというわけだ。
“多言語の自然習得”という活動をしている私にとって
この『赤ちゃん(子ども)が辿ることとまったく同じことを韓国語でしている』
というのは、とても重要で嬉しい事実。
ワクワクした。
間違っていない方向性を確かに感じつつ
子どものように素直に楽しめる自分もちょっと誇りに思ったりする私。
これから私の中で韓国語がどう育つのか…
楽しみ!