母が亡くなる半年くらい前から 

なぜか

同じ数字をよく見かけるようになりました。

 

偶然にしては 頻繁で

まわりに話すほどでした。

 

結局 母は 

その数字が並ぶ日に亡くなりました。

 

 

 

 

私は子供の頃から文鳥が好きで

今まで数々の文鳥と生活を共にしてきました。

 

でも あるときの別れがつらすぎて

文鳥人生に終止符を打ちました。

 

かなり昔の話です。

 

 

 

白文鳥キャ太郎ちゃんが我が家に来たのは

母が亡くなる少し前です。

 

道に迷って行きついた先から 

沢山の鳥たちの鳴き声が聞こえてきました。

 高揚する気持ちを抑えながら 吸い寄せられるように その場所へ走って行きました。

 

そこに 今ではあうんの呼吸となる 白文鳥のキャ太郎ちゃんがいました。

 

小鳥は全く飼う気はなく、少し見るだけでのつもりで行ったのですが

 

結局 我が家にお迎えする流れとなりました。

 

 

母が亡くなる前後 キャ太郎ちゃんが居てくれて 

どれほど心が救われたかわかりません。

 

 

実はいくつもの偶然が重なって 

我が家にくることになった キャ太郎ちゃん。

 

きっと悲しみに耐えられないだろう私を案じて 母の何かが

先にキャ太郎ちゃんを私のそばに置いてくれたんだろうなぁ 

なんて思うことがあります。

 

 

 

 

母の月命日のお花を飾る前に 

お花とキャ太郎ちゃんの記念撮影をしていた時です。

 

なぜか キャ太郎ちゃんは ずっと上を見上げています。

あまりにずっと見ているので

 母が来てるのかなあ?と思いました。

 

 

 

 

すべては偶然であり、私が単に肌で感じたことです。

でも 今色々思い返すと

やっぱりそういうことなのかなあ?、、なんて。

 

上を見続ける キャ太郎ちゃんを見ていて ふと感じたので

 書いてみました。

 

 

 

ママ ありがとうね 

 

 

 

いっぽう シナモン文鳥 フーちゃん下矢印

 

 

いつも見てくださり ありがとうございます。