松島検校作曲 椿づくし。歌詞は洲浜(洲濱=すびん)という方だそうです。

 

洲浜って、人の名前?お菓子屋さん?塩釜~汐くむ海人(あま)って、ちゃっかり「甘い」や「塩」も入れてません?洲浜(すはま)というお菓子もありますし。それは憶測に過ぎませんが。。

(今回の調べで、この曲は茶事にも関連すると推測、洲浜もお茶道具関連、と考えられますね。茶を嗜む方なのでしょうね。)

 

椿の銘柄が読み込まれているということで、

どんな椿か調べてみました。

椿の銘柄から歌詞を読み解こうと思いました。

 

江戸時代と現代は違うかもしれませんし、

新しい品種のもあるかもしれないけれど、

沢山の椿をつらつらと見ているだけでも楽しいですよね。

(江戸時代の文献も機会があれば見てみたいです。)

 

現在の品種で掲載なので、当時とは違う点はご留意くださいませ。

この記事書くのに半日+α時間✕日数かかりましたが、私のこだわりです。

 

  つらつら椿 春秋の 名は 千里まで 鷹が峰
  その本阿弥の花の色

  白きを後の写し絵も いかで及ばん妙蓮寺
  薄くれなゐに濃き紅は 同じ花形の因幡
  まだき しをりの秋の山 嵯峨 初嵐 身に沁みて
  露時雨 降る頃よりも 好きもて遊ぶ 埋火
  春にうつれば天が下

  (手事)

  賑ふ民の煙立つ それは塩釜 千賀の浦
  汲む海人の腰蓑あづまからげや 吾妻路や 清洲の里の散椿
  咲きも残さぬ角の倉 藪の中なる香の物
  朴庵 佗助 唐椿 八千代尽せぬ 花の数

 

千里香(NHKみんなの趣味の園芸より)

鷹峯に住んだ本阿弥光悦の椿

加茂本阿弥

  • 写し絵は「写生画」のことだが、もし、江戸時代の幻燈機のことだとすると、「白きを後の写し絵も いかで及ばん」は、「光悦の白い椿の絵」は、後(のち)の時代(そのころの現代)に流行っている美しい「光の絵」以上に、という意味もあるかも。
  • →前に結城座の江戸写し絵を鑑賞したことがあるので思い出しました。江戸写し絵は1801年(享和元年)〜で、松島検校は丁度前後の時代らしいので。京都まで伝わるのに時間差があるかもしれないが。
  • 「後」は「あと」ではなく「のち」と歌うので、そのことを解釈に考慮しました。
  • 加茂本阿弥は白、因幡は濃い色、妙蓮寺は因幡よりも薄いので、歌詞の意味的には、
    • その本阿弥の花の色(の)白きを(白さは) 後の写し絵(後の世で描かれた絵)も いかで及ばん。

    • 薄くれなゐ(の)妙蓮寺に 花形が同じの因幡堂は濃き紅である
      でしょうか。

  • 茶事で花形盆というのがあるが、使われるのは時代的に少し後の時代のようなので、ここは単に花の形の意味かと。

妙蓮寺(椿の名所でもある)

くれない

因幡

秋の山(絞り系の品種)

しをり(風情のある)の秋の山、は、絞りの秋の山、と掛けている?

嵯峨初嵐

露時雨の代わりで。

  • 実際こういう模様だったら、雨が降ったような、(すきを入れたような?)模様ですよね。
  • 「好きもて遊ぶ埋火」が「鋤を持って埋火で遊ぶ」とも読めるかも?「もて遊ぶ」→「もてあそぶ」(埋)火遊び?火のないところに煙は立たぬって。「春」に気持ちが移ると「天下(強い妻)」の頭から煙が立ち、辛い(塩は辛い)目に合う、というのは深読みすぎ?ですね、そういう歌ではないと思います。

 

追記:「数奇屋」という古い品種があると教えていただいたのですが、今もあるようなので追加します。

数奇屋「好きもて遊ぶ」から。

  • 「数奇屋でもて遊ぶ(興じて楽しむ)」は茶事のことかもしれませんよね、それが風流ですね。。椿は茶花として使われますし。
  • 数奇屋から光悦垣も連想されますね。

埋火

  • 埋火は冬の季語ですが、茶事で炭が消えないように灰の中に埋めて置き、年を越して掘り出して使う、ということがありますよね。
  • 火→煙→釜(竈)の繋がりはありますね。

天が下

  • 歌では「あめがした」と歌う。時雨は「しぐれ」だが、「あめ」関連とも読める。
  • 秋(の山)→初嵐(初秋)→露時雨(晩秋)→埋火(冬)→春にうつれば、ということで、「春秋のつらつら椿」となるのですね。
  • 禅語より「一花開天下春」
  • 日本書紀より「五穀実りて人民賑わい天下太平」→次の「賑わう民の」に続く。

塩釜から連想で。

  • 塩釜・千賀の浦は地名。また、本来「塩竈」で、竈(かまど)は釜を置くものなので、別物ですね。
  • 塩釜市は宮城県、松島の近く、作曲者の松島検校に掛けているのかも?
  • 釜も日常の煮炊きだけでなく、お茶道具でもありますね。なので、竈ではなく釜かと。
  • 新古今和歌集より「高き屋にのぼりて見ればけぶり立つ民のかまどはにぎはひにけり(仁徳天皇)」こちらは「竈」ですね。

汐くむ海人から連想で。

  • 能の「松風」の汐汲む海女が想起されます。
  • そして「松風」は茶事用語で、釜の煮えのことですね。
  • 歌舞伎や日舞だと「汐汲」、豪華なお衣装に腰蓑。そういえば、実家に「汐汲人形」ありました。

腰蓑

吾妻椿(日本ツバキ協会のページより)

こちらは吾妻絞

  • あづま(からげ)や→東屋に掛けてあると考えると、やはり茶事関連か。

清洲の里の散椿(落椿)

  • 清洲の日吉神社には、枯椿の黄金伝説があります。作曲時代を考えても、その話を題材にしたのでは?「黄金」から、次の「倉」につなげた?写真は、黄金伝説とは別の連理の椿です。(日吉神社のページより)
  • ちなみに、椿は本来「落ちる」もので、「落椿」と歌う場合もあるようですが、「ちりつばき」のほうが歌い易いように思います。
  • 清洲で作詞者「洲浜」の「洲」も入ってますね。

角の倉

  • 能の鞍馬天狗で「咲きも残さず散りも始めず(満開の時の意)」とある。
  • 鞍馬天狗の鞍と倉も掛かっていたりして?

藪の中の代わりで。

香の物の関連で。

  • 紀州国萱津神社では、香物神事があり、日本武尊が献上された漬物を「藪ニ神物(やぶにこうのもの)」と言って讃えたとのこと。
  • もしかしたら、香=黄、で黄色の椿のことか、と思ったが、閲覧した図譜には黄色の椿がない。江戸時代にも黄色(薄い黄色?)の椿はあったという説はあるが。→黄花ツバキの系譜と育種の現状
  • また、香の物=漬物→沢庵(たくあん)で黄色を連想させるし、その関連で、次の「ぼくあん」と続く、というのもある。清洲の枯椿黄金伝説→黄色の連想も?
  • あと、香→光悦と考えると、「本阿弥光悦の作品の椿」という意味も連想されるかも。
  • 茶事関連だとやはり「お香」のことかと。茶懐石の関連ですね。

朴庵の代わりで。

侘助

唐椿

国立国会図書館デジタルコレクション「本草図譜本草図譜. 巻91-93」の唐椿p23

八千代

  • 歌詞の中に「千」が3回も出てくる。花の種類がたくさんあることを強調、または、八重咲き千重咲きをも表しているかもしれませんね。
  • また、千が3回で、仏教で言う「三千世界」(全宇宙)をも読み込んでいるならそれはそれですごいと思う。茶道は仏教と通づるものがありますし。
  • お茶関連と考えると、三千家(さんせんけ)(表千家、裏千家、武者小路千家)ですか!もしそうなら大発見!かも?
  • 清元より「千代に八千代に玉椿、詠め尽せぬ花の時」とある。

 

椿は江戸時代初期に流行したとのことで、広島には広島椿という、一本の木に数種類もの花が咲く椿があります。江戸時代初期に浅野長晟公が紀州から移られる際、妻の振姫(徳川家康の三女)が丹精こめて育てた椿を持ってこられたとのことです。

 

引用させていただいたページ