委ねるって、ニュートラルな場所に行く。


ニュートラルって、ゼロポイント、抵抗を手放した場所で


ここの場所に行くために

瞑想とか、源を思い出すとかってメソッドがあるんだよね。



そして、

この感覚になることって、すごーーーーく大事なことなんだけど

なにも特別なことじゃない。



瞑想とか、宇宙と繋がるとか、源を思い出すとかって言うと

なにか特別な感じがあるけど


この感覚になることって、特別なことじゃなく、生活の1部なんです。



人によって、どれが自分に合うか?も違うし、その時によって何がホッとするか?も違うので

自分の感覚や〝やってみて感じたこと〟を大切に

自分に合うものを見つけてもらいたいなと思いますが


この〝抵抗を外す〟って

・委ねる

・ニュートラル

・どっちでもいい

・天に任せる

・思考から離れる

・良い気分になる

・無になる

・葛藤をやめる

・どうにかしようとするのをやめる

・諦める

・ぜーーんぶ手放す

・降参する

とかだったり


時に

・感情を感じる

・視点を変えてみる

・考えを変えてみる

・許可する

・自分に優しくする

・思い込みに気づく

とかだったりするのですよね。



こうして言葉にすると、何が言いたいんだっけ?と私自身も混乱してくるし

言葉にすると、途端に難しく聞こえるんだけど

難しいことはなく、本当に生活の1部で


その感覚って

「ほわ〜ん」だったり、「無」だったり、「ゆるゆる」だったり

力の抜けた感じだったり、広がる感じだったり、考えることがなくなった感じだったり


日々の生活の中で、ここ↑に何度か入ればいいのですよね。


「入ればいい」書くと

「入るのがいいんだ」「入らなきゃ」って力が入るから

これまた違うくなっちゃうんだけど


な〜んも特別なことはなく、難しいこともないんだよってことが言いたい。



私は、春頃から自分の人生に本格的に降参して

すべてを天に委ねるしかなくなり、完全に委ね始めた。

(もうね、100%委ねてるって言っても過言じゃない。)


自分で何とかしようとしなくても、事は起こり、日々の生活は流れていき


だけどまぁ、今までの経験や知識があるから

自分の内側を見ることや、心の声に従うことや、自分を大切にすることや、意識的に委ねることを


〝自分の流れに乗って〟やっているんだけどね



そしたら、ふと「こうだったらいいなぁ」と思ったことに対し


「いくらなんでもそれはないか」「高望みし過ぎか」とエゴが言ったままでも(←俯瞰して見てはいる)


+αで叶ったりするようになってきた。



エゴという存在は、日々いろいろ言うよね。


だけど、「委ねる」ことで

遠くの方でエゴが「さすがにそれはないんじゃないか」って言っているのを

龍の背に優雅に乗り、大空をのんびり流れている私の耳に微かに入ってくる感じになってきてね


コレ↓



そのエゴの声をただ聞いている感じ


で、「結果は龍に任せるわ〜」と完全に委ねる状態でいる。


で、

やぱり委ねるって大事だわ、手放すって大事だわ、良い気分で在るって大事だわって

最初に戻ったのですよね。


なので、力を抜くこと、手放すことも多く伝えていきたいなと思いますスター



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