恩師からの一言・・・
50も半ば、恥ずかしながら振り返れば何事にも全力を出さないで
生きてきてしまった。
そんな自分が何時からか?と言えばハッキリと小学2年生からだ。
その時の担任に言われた言葉がこれ
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけ
り」
その当時はなんの事やらだが、今はそれが江戸時代後期、米沢藩主
の上杉鷹山が教訓として詠み与えたという話。J・Fケネディが日本
で尊敬する人は?で上杉鷹山と答えたとか。
小学2年生のガキに難しい話で説教をするのだから、俺は翌々、努力
しない子供だったんだろう、たちが悪いのはそこそここなしてしま
う所。
そんな俺は中学生になっても相変わらず勉強、運動と適当にこなして
いた。
周囲からは「やれば出来るんだから」がお決まりのフレーズ。
そんな時、恩師は一言
「君ね!やれば出来るって事は、やらなければ出来ないって事だか
らね。」
この言葉も「為せば成る・・」と同じ様な事だよな。
確かにそうなんだけど、そう言われると腹が立つ自分、そして何を言
っても簡単にあしらわれてしまう、そりゃそうだわ、恩師は児童心理
学者だった。
やたら引っ掛る言葉、今でも時々思い出しては反省するのだが、結局、
この性格は変わらず仕舞い。
ただこうした記憶は、上杉鷹山の事について書かれた本を読ませ、障
害の有ったと言われる正室への無償の愛についてや、藩政立て直しに
ついて知る事が出来、幾らかましな大人になれたのも 縁 なのかも。
そう言えば2013年のポールマッカトニーのコンサート、キャロライン・
ケネディを待ってたのか、かなり遅れたなぁ。
寿司屋の大将が一言・・・沁みたわ。
酒が好きな俺、普段なら見ないNHK朝のテレビ小説、それがウィ
スキー造りの話「マッサン」には嵌まった。
そんなんで今年の7月に小樽へ、マッサンのモデルNIKKAの工
場と竹鶴、リタ夫婦の住んで家を見に行く事と小樽で寿司を食べる
事が今回の小樽での目的。
昼も2時過ぎだっつうのに寿司屋街は外国人がうじゃうじゃ、ネッ
トで評判の寿司屋は1時間待ち、今迄、並んで食べて美味かったた
めしが無かったので並んでまで食べる事は絶対にしない。
そこで目に付いた小さな店頭のガラスに石原マキコさんのサイン色
紙、カミさん曰く「このサインを飾って有るって事は不味いはずは
ない」で、入る事に。
カウンター4席ほどの小さな店だけどケースのネタと並んでいる酒
、特に幻の焼酎チンタラリが有ったのにはビックリ。美味いを確信
した。
俺はいつもの様に食いたいものを頼んだ。小ぶりのアワビは蒸して
なくても柔らかく、良い脂のトロは壱岐で獲れた物、普段は食わな
いウニも「今が美味いからたべてみなっ」とウニ嫌いのカミさんも
食べる事が出来た。ざるに有った大きめなアナゴが食いたいと言うと
「まだ、染み込んで無いけど食べてみる?」と言って出してくれた。
普段食べるほくほくで小骨の有る物とは違い、サイズの大きい物ば
かり、そこで骨抜きを丁寧にするとの事、「五つも捌いたら腕がパン
パンで仕事が出来なくなるよ」なんて話ながらホッキのひもで軍艦巻
きも作ってくれた。本当に仕事の丁寧な店で年間三日しか休まないと
の事。
一つ年下の大将と50も真ん中になると健康の話中心、俺も脳梗塞の話
をしたりで、和やかに小一時間。
勘定をお願いするとカミさんが「先に隣のガラス工芸店に行ってる」
と立ち上がった。腹いっぱい食って福沢諭吉におつりがチャリンだ、
大満足。そしてドアに手をかけた時、大将が
「生きてるって箏は、意味があんだよ、身体、きいつけて」と一言。
「身体、きいつけるのは大将じゃねぇの、ごちそう様」と。
こんな出会いも生きてるからこそだよな。
今年は失った方も多いが、再会出来た事も有った。
生きているからこそだよな。
おめでとう
ノスタルジックな気分になり過ぎで
最近のニュースで苫小牧でフェリー火災、そこで久しぶりに見た
サンフラワー号。
中三の授業中に教室から沖を航行するサンフラワーを見て以来の
事だ。
ノスタルジックっていう物は、風や、匂い、影や青さ等もセットだ。
やなわらばーの歌を聞く度にそんな気分になる。
「君子徳を思い 小人土を思う」
反対だわな。




