お盆休みが終わってゆきますね。さみしいような、いつもの生活が戻ってきて少しホッとするような。
私は1週間ほどの休みをうまく満喫することができない。だって、こんなに長い自由を与えられたら何か意味のあることを成し遂げなくては、と焦ってしまうんだもん。初日の朝の万能感たるやすさまじいものがあるよね?私はあまり旅行をせず、ひたすらインドアで出来ることをシミュレーションする。英語を勉強しよう、簿記もやろう、会社から借りてきた社史を読破しよう(転職したばかりだから、会社のことをよく知る必要があるのです)
そして、何もできずに終わる。
今年は、千葉に2日間帰省した。36歳にもなって、夫も子供も携えずに一人帰る実家はつらい。迎えてくれる両親の笑顔がつらい。それでも、自分の育った場所にきちんと帰ることはやっぱり大切だと思う。たとえ滞在日数が年々短くなってゆこうとも。実家のある地域はもともと住宅地で、まわりに遊べる楽しい店なんて皆無だったのだが、最近はさびれっぷりに拍車がかかっている。唯一といってよかった賑やかスポット・長崎屋も、テナントに入っていた店舗が続々と撤退しているという寂しい情報が両親から伝えられた。ファッションに目覚めはじめた高校生の頃、今思えば明らかに40代をターゲットとしていた婦人服店で1枚のブラウスを買うのに胸を高鳴らせた。少ない小遣いを握り締め、1階のフードコートでクレープを買うのが楽しかった。そんな思い出のつまった長崎屋が、いまは衰退・没落の一途をたどっているのだ。
出掛ける所もなく、家でひたすらテレビを見るか読書するしかない。
でもテレビには思わぬ危険が潜んでいる。
澤が結婚した。
おめでたいことです。
でも、どうして今するんですかー?困ります!!
朝起きて、自分の部屋でゴロゴロしながらワイドショーを見ていたらこのニュースが流れてきた。
驚くと同時に私は思った。
母と一緒に、このニュースを見てはならない。
私と澤は36歳、同い年。その女性が結婚したなんて話を見聞きしようものなら、「さあ、お前はどうなんだ!」と私に矛先が向くのは目に見えている。(母は実際は「お前」なんて言い方はしないけどね…)
私は嘆息した。かたや女子サッカーの第一人者。ワールドカップで優勝し、最優秀選手にも選ばれて、日本、いや世界中の数えきれない人々に勇気と感動を与えた偉大な女性。そのうえ素晴らしいパートナーまでしっかりと見つけた。
かたや、いくつになっても結婚どころか彼氏すらまともに作れない娘。帰省してきても、親が喜ぶ楽しいみやげ話ひとつできないお荷物娘。重たい重たい不安要素。
こんなはずじゃなかった。36歳だったら、かわいい孫を2人くらい連れて両親に会いに来ているはずだった。自分が子供のころ、妹と一緒にそうされていたように。
子供さえいれば、何もない実家に帰ってもやることは山のようにあるはずだ。母と一緒に台所に立ちごちそうをたっぷり作ったり、子供と一緒にお絵かきしたり、庭にビニールプールを出してあげたり、麦わら帽子をかぶせて公園に連れて行ったり・・・そんなささやかな楽しいイベントを、私は両親に経験させてあげられない。普通の人が、ごく普通にやっていることが私にはどうあがいてもできない。
書いていたら涙が出てきたので、この辺でやめておこう。
そうそう、澤さんの話ですよ。
朝に続き、昼や夕方の情報番組でも繰り返しこのビッグニュースは取り上げられていた。
暇にまかせて、居間でだらだらとテレビを見続ける私。案の定、また澤の話題だ。まずい、母もいる。でも今は台所でお茶をいれたりしていてこのニュースは聞こえていないようだ。
早く終われ、早く追われ、澤の話よ…。
祈りが通じたのか、母がテレビの前に来たときには次の話題に移っていた。よっしゃ。
ところがだ。
その情報番組は、ピックアップするいくつかの話題をフリップにして、順番に紹介していくという手法をとっていた。フリップが映ると、既に伝え終わったニュースの見出しも見えてしまうのだ。しかしフリップの文字は小さめで、よく目を凝らさなければ見えない。母が気づく可能性は低いとみた。
フリップの横で、澤のニュースではない別の話題について話す男性アナウンサー。どうかそっちに気をとられてくれ、母よ。
しかしだ。
「あらー、澤さん、結婚なんだ?」
驚異のアンテナにより母は気づいてしまった。男性アナウンサーの声などものともせずに、自分の最も関心のあるネタにいちはやく反応する能力は、並大抵ではない。私の知らないところでもいつも、「結婚」という二文字を追いかけているから、フリップに書かれた小さな「澤、結婚」にもいち早く気付いたのだろうか。だとしたら、私のせいだ。私が、母の「結婚センサー」をビンビンに磨き上げてしまったのだ。
そうだよ、澤は素敵な一般男性と結婚するんだよ。すごいよね、サッカーもできておまけに結婚だなんて。ごめんよ、私は何もできなくて結婚もできなくて。
言葉にならない私の声を感じたのか、母はそれ以上は言わなかった。
でもまあ、母の良い所は私に気を遣いすぎないところだ。今まで何度となく、「いいひとはいないの?」と聞かれそのたびに私は心底嫌そうな顔をして「いない」と呟いてきた。私が母だったら、結婚の話題を出したら間違いなく娘は不機嫌になると学習して、一切その危険テーマには近づかないことだろう。
しかし母は平気で何度でもトライしてくる。私の仏頂面に、嫌な思いをしているだろうにファイトが消えない。そのおかげで、私はどうにか「腫れもの」にならないでいられる。放っておいてほしいと思う一方で、あきらめないいてほしいとも強く思うのだ。
それにしても、澤の旦那さんは素敵だ。
36歳でも良い結婚ができるという励みにも、もちろんなりました。澤さんありがとう。